【連載】#6『OSS117 私が愛したカフェオーレ』| 坂本安美 Gaumont特集 解説コラム
世界で最も古い映画会社のひとつ、フランスの「Gaumont(ゴーモン)」の作品群の中から、「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」誌元編集委員で、 アンスティチュ・フランセ(主に東京日仏学院)にて映画プログラム主任としてご活躍されている、坂本安美さんがセレクトした10本を放送・配信する特集「Gaumont セレクション」。本連載では、坂本さんご自身に、各作品のみどころを解説していただきます。本編とあわせ、ぜひお楽しみください。
地球儀が回転するゴーモンのロゴマークのすぐ後にナチスドイツの旗が翻り、『カサブランカ』のラストを想起させる霧に包まれた飛行場から一台の飛行機が飛び立つ瞬間、「ベルリン、1945年」とクレジットされる。その飛行機の中で乱闘が始まると、颯爽と一人の男が現れる。シルエットや髪型、仕草まで、「007」シリーズのジェームズ・ボンドを想起させるその男は、コードネーム「OSS 117」ことユベール・ボニスール※1、演じるのはジャン・デュジャルダンだ。あっという間に仲間のスパイを助け、ナチス高官を飛行機から外に突き落とした「OSS 117」 は、それから10年後、敵であるはずの女性の裏をかくも、お色気シーンはちゃんとこなし、次のシーンでは、親友の死を調査し、反政府勢力の計画を暴くために大統領からカイロへと派遣される。まさに「007」シリーズを思わせるストーリー展開であるが、それでは本作は同シリーズをフランス映画で模倣、パロディ化してみせた作品であるかといえば、それではこの作品の紹介として不適切だろう。なぜなら本作の醍醐味は、たんなるリメイクではなく、映画とテレビのふたつのメディアの間で生まれた模倣のさらに模倣であること、そしてスパイものの歴史に潜む無国籍、ハイブリッドなものたちが幾重にもに折り重なっているところにあるからだ。
冒頭のゴーモンのロゴが1946年から1964年に同社製作の作品の冒頭に使われていたロゴであることが示しているように、50年代、60年代の映画、とくにスパイ映画たちへのオマージュであることが随所で確認できる。監督ミシェル・アザナヴィシウスは、撮影、技術、衣装まで当時の映画作りになるべく近い方法を用いている。たとえば特殊な照明効果を得るために当時の古いプロジェクターや、当時使われていた200ASAの低感度のフィルムを使用したり、ヒッチコックが『めまい』や『知りすぎていた男』で用いたという40ミリの焦点距離も多く用いている。フレーミングはというと、1950年代の映画へオマージュを捧げるべく、トラヴェリングとズーム、そして極めてシンプルなストリート・ショットで構成されており、ショットサイズはもっぱらミディアムショット、クローズアップで、ロングショットはほぼ不在である。
また車のシーンでは、当時よく使われていたスクリーン・プロセス※2 を復活させ、道路がまっすぐなのに運転手がハンドルを切ったり、喫煙しているのに発生した煙が風の動きに追随しなかったりといった数々のギャグの題材になっていると同時に、ある種の異化効果がそこから生まれている。
俳優たちの演出について見てみよう。主演のジャン・デュジャルダンはスコットランド人俳優ショーン・コネリーに肉体的に似ていることから、主人公に抜擢されるも、彼が演じるユベール・ボニスールのキャラクターは、ショーン・コネリーのジェームス・ボンドとともに、エディ・コンスタンティーヌが演じたレミー・コーションがモデルになっている。ロサンゼルス生まれのアメリカ人エディ・コンスタンティーヌは歌手としてフランスにやってきて、帰化。50年代にシークレット・エージェント「レミー・コーション」役で一躍スターとなり、同シリーズはB級スパイ映画としてフランスで大ヒットする。その後、ドイツに移住、ファスビンダーの映画などに出演、1993年にこの地で永眠。まさに無国籍俳優の代表といえるエディにオマージュを捧げるべくジャン=リュック・ゴダールは『アルファヴィル』(1965年)と『新ドイツ霊年』(1991年)で密偵コーションとして彼を出演させている。
アザナヴィシウスはデュジャルダンの身体にスパイ映画の歴史上のヒーローたちを召喚するだけではなく、台詞回しで、テレビでアメリカ映画が放送された時の吹き替え俳優たちにオマージュを捧げている。たとえば、『007対ドクター・ノオ』でショーン・コネリーの吹き替えを担当したジャン=ピエール・デュクロのややゆっくりめで、明瞭に発語される台詞回し、あるいは『スティング』(1973)でポール・ニューマンの吹き替えを担当したジャン=クロード・ミシェルの笑い方などが確認できる。
こうして本作は、アメリカで大ヒットし、世界的に展開したスパイものというジャンルを、フランス映画による翻訳というプリズムを通して見つめる直すと同時に、小さなスクリーン(テレビ)を迂回した作品たちを、大きなスクリーン(映画)に回帰させるという二重、三重の試みに成功している。
※1 「OSS117」は1949年にフランス人作家ジャン・ブリュスがスタートさせたスパイ小説シリーズであり、主人公のユベール・ボニスールはCIAの前進である諜報機関OSSのスパイで、「アスリートのような肉体と王子様のような容姿を兼ね備えたプレイボーイ」、まさに元祖「ジェームズ・ボンド」といえるキャラクターだが、イギリスでイアン・フレミングが「ボンド」シリーズを発表するのは1953年、実は「OSS117」の方が数年先駆けてこの世に生まれていた。「OSS117」はブリュス自身が87冊まで書き、その死後も彼の家族が執筆し続け、通算253冊出版され、映画化も通算5本されている。
※2 スタジオの中にスクリーンを張ってそこに背景となる景色を映写しつつ、スクリーンの前に車や役者を配置して撮影することであたかもその背景の中にいるように見せる技法
OSS 117 私を愛したカフェオーレ|OSS 117: LE CAIRE, NID D'ESPIONS
監督:ミシェル・アザナヴィシウス/出演:ジャン・デュジャルダン、ベレニス・ベジョ、オーレ・アッティカ
<作品情報>
第84回アカデミー賞で作品賞や監督賞など計5部門を制した『アーティスト』のミシェル・アザナヴィシウス監督と主演のジャン・デュジャルダンのコンビで送る脱力系スパイ・コメディシリーズの第1弾。カイロを舞台にフランス人諜報員OSS117が上を下へのハチャメチャな騒動を巻き起こす。往年のスパイ映画のパロディとなっており、徹底的に再現された映像もみどころ。第19回東京国際映画祭では東京サクラグランプリ受賞。
<あらすじ>
1955年、OSS117ことフランス人諜報員のユベールは、同じく諜報員で親友のジャックが失踪したことにより、その消息を調べるためカイロに潜入する。美しいアシスタントのラルミナの助けを借りながら、養鶏会社の社長に扮し謎を追うOSS117だが、イスラム文化への無知と偏見丸出しでどこか抜けている彼にラルミナは呆れるばかり。はたしてOSS117は敵を倒し、ジャックを見つけ出すことができるのか…!?
(c) 2005 Gaumont / Mandarin Films / M6 Films
特集配信:フランスの老舗映画会社「Gaumont」セレクション
世界で最も古い映画会社のひとつ、フランスの「Gaumont(ゴーモン)」の作品群の中から、アンスティチュ・フランセ(主に東京日仏学院)にて映画プログラム主任としてご活躍されている、坂本安美さんに全10本をセレクトしていただきました。惜しくも日本ではなかなか見られないレア作品を中心に、12月と1月の2カ月連続でお届けします。各作品は以下よりお楽しみください!
・呼吸ー友情と破壊
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・ジャンキーばあさんのあぶないケーキ屋
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・愛の犯罪者
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