理解できそうでつかみきれないスーザンとクリストファーの心理と歪んだ世界観『ランドスケーパーズ 秘密の庭』 (文/今祥枝)
オリヴィア・コールマンとデヴィッド・シューリス主演のドラマ『ランドスケーパーズ 秘密の庭』について、ライターの今祥枝さんが解説。本作独特の世界観や、『真昼の決闘』との関係性に迫ります。
目次
どの実録犯罪ドラマとも異なるアプローチ
見るからに平凡で、どこにでもいるようなスーザンとクリス(クリストファー)のエドワーズ夫妻。だが、2人はスーザンの両親ウィチャリー夫妻を射殺し、家の裏庭に埋め、両親が生きていることを偽装し、15年間にわたって年金や資産など推定285000ポンド(当時は245,000ポンド)以上をせしめていた。にもかかわらず、年金の横領が発覚してフランスに逃れていたエドワーズ夫妻は借金苦に陥っており、イギリスに帰国。2013年10月30日にロンドンのセント・パンクラス駅で警察に逮捕された。2014年6月に裁判が始まり、最終的に有罪判決を受けた。英SKYと米HBOがドラマ化した、オリヴィア・コールマンとデヴィッド・シューリスという英国の演技派俳優の共演で贈る『ランドスケーパーズ 秘密の庭』は、フランスでの生活に始まり、逮捕から裁判の過程と事件の顛末が全4話で描かれる。
この事件の概要とキャストを聞いただけでも、かなり興味深い実録犯罪ドラマになると誰もが思うだろうが、本作は同種のジャンルのドラマにおいて非常に風変わりなアプローチを試みている。比較として、近年ますます増えている英国の実録犯罪ドラマをざっと挙げてみよう。『デス』、『ホワイトハウス・ファームの惨劇〜バンバー家殺人事件〜』、『ザ・サーペント』といったヒット作がいくつも浮かぶが、いずれも強烈な印象を与えるサイコパス、ソシオパスの実態を俳優の怪演によって描き出している。犯罪者の心理を読み解く犯罪プロファイリングは『羊たちの沈黙』以降、定番中の定番となっているが、これらの作品群を見ると「猟奇的な殺人犯の心理などわかるはずもない」と改めて思わされる。
しかし『ランドスケーパーズ』のエドワーズ夫妻は、一見すると無色で無害。スーパーや公園、カフェなどどの日常の景色にも溶け込み埋没しているような2人が、なぜこのような犯罪に至ったのか? 彼らの動機や心理に興味を持ったのが、大学で法律を学び、人々が犯罪を犯す原因に常に関心事だったというクリエイターのエド・シンクレア。シンクレアは妻であるコールマンとともに設立した映像製作会社「サウス・オブ・ザ・リバー・ピクチャーズ」を営み、本作では『チェルノブイリ』を製作した「シスター」と共同製作を手がけている。そのシンクレアの初のドラマ脚本執筆となった『ランドスケーパーズ』は、ミステリーの要素以上に、この夫婦の内面に深く入り込んでいくような、現実と空想が入り混じるねじれた世界観を独創的な方法で映し出す。とりわけシンクレアが2人の心理を知る上で重要だと考えたのが、エドワーズ夫妻のハリウッドへの飽くなき憧憬と執着だ。
ハリウッドへの飽くなき憧憬と執着
逮捕された時、夫婦が所持していたのは着替えとハリウッドや著名な政治家などに関する記念品の数々だった。多額の負債を抱えながら、夫婦は殺人によって得た大金の多くを生活苦に追い込まれるまで、1930年代から1950年代のハリウッドの黄金時代を中心とする映画のポスターや署名入りの写真、古い映画雑誌などに費やした。スーザンはわかりやすくロマンチックな恋愛映画や西部劇の古典を好んでいたが、とりわけ思い入れていたのが往年の銀幕のスター、ゲイリー・クーパーだ。第1話の冒頭で、映画の歴史に関連する収集品を販売する店でフランス語で買い物をするスーザンが、170ユーロという法外な金額を投じたビンテージポスターも、1952年のフレッド・ジンネマン監督、クーパー主演の『真昼の決闘』のベルギー版のものだった。
実際に、夫婦はクーパーの記念品に少なくとも14000ポンドを費やしたと考えられているというが、クーパーと『真昼の決闘』はこのドラマにおいて重要な意味を持つ。スーザンは父親に性的虐待を受けていたことを主張し、ドラマでも両親のウィーチャリー夫妻の毒親ぶりはわかりすぎるほどよく伝わってくる。そうした子供時代のトラウマから、スーザンは西部劇のヒーローが自分を救いに来てくれることを夢見ていたことが想像できる。スーザンはしばしばモノクロームの映画の世界に自分が生きているという幻想を抱き、クリスもまた妻が望むヒーロー、庇護者、あるいはスーザンに与えられなかったやさしい父親の役割を自分が果たそうとしていることがドラマでは描かれている。劇中、スーザンは愛する祖父と一緒にクーパーの映画を見た思い出を語っているが、彼女にとっての唯一の心の拠りどころが祖父でありクーパーだったのだろう。
ちなみに第3話では、結婚前のスーザンとクリスがオンラインデートのプロフィール用に別々の動画を作成し、ハリウッドへの思いを語っている。実際にスーザンはクーパーやジョン・ウェインなど、クリスはジェラール・ドパルデューやマリリン・モンロー主演の1959年のロマンチックコメディ『お熱いのがお好き』が特にお気に入りで、共にハリウッド黄金期の映画が好きだった。また2人はフランク・シナトラのファンで、彼のほかにもハンフリー・ボガートやケーリー・グラントらのサインなども所有していたという。才能ある監督としてウィル・シャープは、これらの古典映画のイメージからふくらませて、スーザンの回想や白昼夢を白黒映画風の映像で法廷シーンや警察の捜査のシーンなどにも大胆に挿入。虚実が入り混じるシュールな映像世界を作り上げている。シャープは2話分の共同脚本も手がけているが、シンクレアが探求し構築した複雑な夫婦の精神世界を最大限に生かす形で実験的な映像表現に挑んでいる。
繰り返される『真昼の決闘』のイメージ
このように多くの映画が引用される中で、クーパーがアカデミー賞主演男優賞に輝いた『真昼の決闘』のイメージは繰り返し登場する。不朽の名作で映画ファンなら観ている人も多いと思うが、この映画の内容を考える時、スーザンの心理、あるいは謎めいた夫婦の関係性について色々と深読みができるかもしれない。映画のあらすじはこうだ。1870年、町の保安官ウィル・ケイン(ゲイリー・クーパー)はエミイ(グレース・ケリー)との結婚を機に、退職し、他へ移ろうとしていた。そこへ、ウィルが5年前に逮捕した無頼漢フランク・ミラーが保釈されて、正午到着の汽車で町に着くという知らせが。駅には手下の悪党2人が到着を待っていた。再び保安官のバッジを胸につけ、悪党どもとケリをつけることを決心するが、エミイはそんな義務はないと言い、予定通り自分は町を去ると言う。残されたウィルは知人・友人に加勢を頼むが、誰もが尻込みをし、最後は親友2人にも断られてたった一人で立ち向かう。
無敵のヒーローではない等身大の保安官像は画期的とされ人気を博した作品だ。この映画でこれまで尽くしてきた町の人々に見捨てられ、孤立無縁で闘いに挑むウィルに夫婦が自分たちの姿を重ねたであろうことは想像に難くない。理不尽で無慈悲な世間 VS 弱者として虐げられた自分たち、という構図は歪んではいるが、2人が犯行に至った心理の一端を垣間見ることができるかもしれない。同時に、『真昼の決闘』ではエミイが決して守られるだけの存在でないことにも注目したい。一人で旅立とうと駅に行くが、エミイはウィルが心配で戻ってくる。既に銃撃戦が始まっており、3人を相手に孤軍奮闘するウィルを見てエミイは自ら銃を手に取り、悪党の一人を射殺する。しかし捕まって人質になりウィルは窮地に陥るが、エミイの機転で無事悪党を倒す。
『ランドスケーパーズ』でスーザンは”壊れやすい”女性と夫に形容され続ける。確かにそうした脆さやはかなさがスーザンにはあるが、一方で、落ち込んだ夫を元気づけるために、こちらも銀幕のスター、ジェラール・ドパルデューの手紙を偽装し、ドパルデューのファンである夫にあたかも彼の手紙にスターから返事が届いているように見せてクリスを励ましていた。劇中、フランスで語学力が足りずに職に就けないクリスが、悲惨な結果に終わった面接の後に読むのも、スーザンが偽造したドパルデューからの手紙だ。スーザンは実際に14年近くも手紙の偽造し、時には資金援助までしてくれているように夫に信じ込ませることに成功した。
クリスは裁判が始まってからその事実を知らされ、法廷で妻が書いた手紙だったと証言している。ドラマでは第3話でクリスが兄の死を悲しんでいた時に、スーザンが最初の手紙を書いたことが明かされるが、その偽造の手口の念入りなことに驚かされる。それほどまでの労力を払って、スーザンは夫を励まし、勇気付けたかったのだろうか? そう考えると美談に思えるが、ドラマの冒頭を思い出すと、ちょっとした偽の資金援助やセレブとの偽の交流は、自分の浪費から夫の気をそらすといった側面も否めないだろう。
『ランドスケーパーズ』は、確かに実録犯罪ドラマである以上にラブストーリーである。この夫婦の結びつきが他人からは想像がつかないほど深いことは事実だろうが、そこには常に困惑を覚えるような不安定さがある。インタビュー動画の「
撮影の舞台裏:”LOVE”編」の中でデヴィッド・シューリスが語っているように、彼らは共犯者として「罪を認めないよう、お互いを管理し合っていた」という視点は興味深い。一方、オリヴィア・コールマンはひどいトラウマを抱えた女性の心理にひかれたそうだが、有力誌などのインタビューで「説明するのは、かなり難しい」と語っている。スーザン、そしてクリスという人物像は人々の同情を引くものがあるが、こうして突き詰めて考えるほどにその実はよくわからない。ある種の加害者に寄ったアプローチを取りながらも「決して同情を誘うものではない」とするシンクレア。そのねらい通り、理解できそうでつかみきれないスーザンとクリスの心理と歪んだ世界観を本作はよくとらえている。
参考資料:
In ‘Landscapers,’ True Crime Meets Hollywood Fantasy / The New York Times
Landscapers: The surreal suburban murders behind a TV drama / BBC News
『ランドスケーパーズ 秘密の庭』
原題:LANDSCAPERS
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