JFKーー。この3つのアルファベットが何を意味するのか。多くの人が知っている。
アメリカ合衆国第35代大統領、ジョン・F・ケネディ。東西冷戦のさなか、選挙で選ばれた大統領としては史上最も若い43歳で就任。国民の期待を一身に担う存在となった。歴代大統領の中で最も知名度が高いと言われ、ニューヨークの国際空港にはその名が冠されている。しかし在任期間は1036日で、現職のバイデンを除くと歴代7番目の短さである。1961年1月に大統領に就任し、その2年10ヶ月後、ダラスで命を奪われてしまったからだ。
アメリカ大統領はそれ以前にも、第16代のリンカーン、第20代のガーフィールド、第25代のマッキンリーが在任期間中に暗殺されている。また、第40代のレーガン大統領の暗殺未遂事件も起こった。アメリカ大統領の命が狙われるのは、ひとつの“宿命”かもしれない。こうした暗殺事件の中で、現在に至るまで、時を超えてセンセーショナルな注目を集め続けるのが、ケネディ=JFKのケースだ。
1963年11月22日、オープンカーでダラス市内をパレードするケネディ大統領の頭部を銃弾が貫いた。沿道のビルから狙撃したのは、元海兵隊員のリー・ハーヴェイ・オズワルドとされ、彼は拘束される。しかしわずか2日後、移送中のオズワルドを、ナイトクラブのオーナー、ジャック・ルビーが射殺。容疑者は「死人に口なし」となり、大統領暗殺の完全なる真相は闇に葬られることになった……。
世界の歴史でも最大の「ミステリー」のひとつ、ケネディ暗殺事件。その後、数々の謎、陰謀論が都市伝説的に広がり続け、28年後の1991年、事件の謎にまっすぐに向き合った映画が完成する。オリヴァー・ストーン監督の『JFK』だ。
『JFK』を撮った巨匠オリヴァー・ストーンの執念の企画
『プラトーン』(86)でアカデミー賞作品賞・監督賞を受賞し、その後も『ウォール街』(87)、『7月4日に生まれて』(89)と骨太なテーマとエンタテインメントを融合させる傑作を送り続けてきたオリヴァー・ストーンが、綿密な調査に基づく独自の視点から、ケネディ暗殺の真相に迫った『JFK』は、そのセンセーショナルな内容から世界的な大ヒットを記録。日本でも1992年に公開された洋画作品の配給収入(※当時)で4位。3時間9分という長尺で「日本では難しいのでは?」という映画会社の予想を、いい意味で裏切った。この映画のヒットにより、日本でもケネディ大統領の「JFK」という呼称が定着したのだ。同作はアカデミー賞8部門にノミネートされ、2部門(撮影賞、編集賞)で受賞を果たす。
ケビン・コスナーが演じる地方検事ジム・ギャリソンが、ケネディ暗殺事件の捜査に人生を捧げ、事件の陰にCIAや大物政治家、マフィアの暗躍があったことも示唆する『JFK』は、ストーン監督による想像、つまりフィクションの要素も含まれたが、本作によってケネディ暗殺事件は再び脚光を浴びることになる。映画公開の翌年(1992年)、アメリカ議会がジョン・F・ケネディ大統領暗殺記録収集法を可決。これによって数百万ページにおよぶ文書が機密解除された。ケネディ暗殺事件は研究者や民間コミュニティによって新たな調査が活気を帯びるものの、メディアによるケネディの死の“神聖化”の動きもあり、結局のところ真実はわからないまま年月は過ぎていく。
停滞する動きに不満を募らせていたオリヴァー・ストーン、そして『ワールド・トレード・センター』(06)『スノーデン』(16)で彼と組んだプロデューサーのロブ・ウィルソンが、満を持して完成させたのが、このドキュメンタリー『JFK/新証言 知られざる陰謀』である。
証言の「点」が事件全体の「線」となるミステリーの構成
ジョン・F・ケネディが平和を訴えるスピーチで始まる本作は、1963年のあの日、大統領の悲報を聞いた人々の反応、その直後のオズワルド逮捕、殺害を当時の映像でたたみ込むように展開。息もつかせぬ冒頭から観る者の心を鷲掴みしてしまう。
そして暗殺事件から55年後の2018年。ダラスを訪れたオリヴァー・ストーン監督が吐露する強い思いから、真実への「新たな章」が幕を開ける。ケネディの命を奪った銃弾の特徴、銃撃の方向、オズワルドの現場からの逃走経路、病院での検死やFBIの報告を細かく再検証しながら、事件直後、真相を調査するために組織されたウォーレン委員会の報告の矛盾を突きつけていく。検視で撮影されたケネディの遺体や、当時の映像、さらに1991年の『JFK』のクリップも使いながら、ストーン監督が引き出す新たな証言の数々は、ひとつひとつのピースがつながる、つまり「点」が「線」となる極上のミステリーのスタイルだ。
そして中盤から終盤にかけては、オズワルドとキューバやソ連(当時)の関係、FBIやCIAの暗躍も明らかになっていき、キューバ危機、ピッグス湾侵攻、ベトナム戦争という歴史的事件ともリンクし、ケネディの暗殺が「必然」だった説が浮上。証言を心に刻みながら、背筋の凍る瞬間が何度か訪れる。
新たな証言のためにストーン監督がアプローチしたのは、検視に関わった医師の元同僚、法医学者、歴史学者、暗殺事件やケネディに関する著作のある作家、暗殺記録再評価委員会のメンバー……と多岐に渡り、ジョン・F・ケネディの弟で、兄の死の5年後にやはり暗殺されたロバート・ケネディの息子も、一族を代表して登場する。このロバート・ケネディ・ジュニアは弁護士だが、2024年のアメリカ大統領選の民主党指名候補争いに出馬を表明するなど“時の人”である。
上映時間118分に詰め込まれた膨大な情報量で圧倒し続けるのが、この『JFK/新証言 知られざる陰謀』の持ち味だと言っていい。
2023年の今、このタイミングで観るべき意義
撮影監督を務めたのは、ストーン監督の『JFK』など3度のアカデミー賞撮影賞に輝いたロバート・リチャードソン。またナレーションを、ハリウッドを代表する名優のウーピー・ゴールドバーグ、ドナルド・サザーランドが担当。サザーランドは『JFK』のクライマックスの重要なシーンで、主人公ジム・ギャリソンにケネディ暗殺の真相を“匂わせる”X大佐(ミスターX)を演じており、最高のキャスティングとなった。
日本でも2022年、安倍晋三元首相が殺害される事件が起こり、さらに翌年、未遂ながら現職の岸田文雄首相の命も狙われ、改めてケネディ暗殺事件からの地続きを感じている人も多いはず。またここ数年、世界を揺るがす大事件から、有名人のスキャンダルに至るまで、メディアが伝える情報が本当に正しいのか、忖度や陰謀で事実が隠されているのではないか……という不安も増大している。このような社会状況において、新たな証拠から真実を炙り出そうとする『JFK/新証言 知られざる陰謀』は、まさに“今こそ観るべき”一本だろう。
世界を震撼させた暗殺事件から60年を経て、20世紀最大のミステリーがどのような結末を示すのか。あるいは、さらに疑惑の闇は広がっていくのかーー。
真実を見極める役割は、われわれ一人一人に託される。
ケネディ大統領暗殺事件の真相を驚くべき執念で解き明かしていくオリヴァー・ストーンのスリリングで息詰まるほどのサスペンスな本作は、賞賛の言葉が出ないほどに圧倒される。しかし見どころは他にもある。【人民の、人民による、人民のための政治】を説いたリンカーンの理想をケネディが実現を目指したが、儲けたいために戦争をやりたがる権力者と富裕層の陰謀によって志が阻まれたことへのオリヴァー・ストーン監督の慚愧と怨念と義憤がスクリーンからヒシヒシと伝わり、私は思わず涙した。我がニッポン国で民主主義の危機を憂いている人は皆、故ケネディ大統領+オリヴァー・ストーンから多くを学ぶべきである
原一男/映画監督
この作品は多くの専門家たちの見解を丁寧に細やかに見事に追及していて
しかしその結果、謎はどんどん深まっていく。
そこがこの映画の魅力だ。
田原総一朗/ジャーナリスト
秀逸のドキュメンタリーだ。ケネディ大統領暗殺事件を嘘で固めたウォーレン委員会の「でたらめ」を、新しい証言で明らかにする。オリヴァー・ストーン監督の執念と能力だけが生み出せた作品だ。ケネディの偉大さと歴史を欺いた黒幕の存在を改めて知ることになる
土田宏/ケネディ研究者
暗殺現場にいたシークレットサービスが60年の沈黙を破って今年10月、本を出しました。彼の証言が本当なら、オリヴァー・ストーン監督らが呈し続けた複数犯説がさらに真実味を帯びることになります。映画『JFK』が世論を喚起して約30年、風化させぬと今回ドキュメンタリーを出した監督の執念が、新たな証言を呼び起こす推進力にもなっているのかもしれません。疑問を投げかけ続ける意義、そして映画の力を感じます
藤えりか/朝日新聞記者
何かある!でも何かはわからない。
1992年、高校生だった僕は「JFK」を観に行った。「なぜ殺した?誰が得をする?隠す権力があるのは誰だ?」
このセリフに怯えながら帰宅した。
そして、2023年。
嘘!妨害!廃棄!脅迫!上からの指示!
真相にたどり着けるのか?
何かはある。
悪いヤツにバチが当たりますように
ビビる大木/タレント
聴く者の心を震わせるスピーチ。否が応でも期待を高める国民の熱狂。その昂揚感がたちまちのうちに悲劇へとなだれ込む冒頭から、20世紀でも最大のミステリーへと引きずり込まれていく。
やがて多角的、怒涛のように迫ってくる証言によって、われわれはジョン・F・ケネディが“生きていた”世界を夢想することになるだろう
斉藤博昭/映画ジャーナリスト
本作は、映画『JFK』大ヒットの翌年、米議会で成立した暗殺記録収集法によって明らかとなった新事実を、綿密な調査に基づいて制作した渾身のドキュメンタリーだ。現在CIA、軍産複合体等の権力中枢は、大マスコミを巧みに操り、再び合衆国を危険な方向へ導こうとしている。ケネディ暗殺は過去の出来事ではない。
瀬戸川宗太/映画評論家