隠されていた歴史を描き若い世代に支持された『返校 言葉が消えた日』解説(文/江口祥子)
スターチャンネルではいまにわかに盛り上がりを見せている台湾産のホラー映画を特集配信・放送。これにあわせ、台湾映画コーディネーターであり、アジアンパラダイス主催の江口洋子さんに解説していただきました。本記事では特集作品から『返校 言葉が消えた日』の魅力を紐解きます。
目次
『返校 言葉が消えた日』作品情報
<ストーリー>
1962年、戒厳令下の台湾では、自由を称える書籍が固く禁じられ、違反者は処罰されて死刑さえも執行された。翠華高校でも、国民党の教官が常駐し、反乱分子が潜んでいないか常に目を光らせていた。しかし、「人間は生まれつき自由であるべきだ」と信じる一部の教師と生徒たちが学校の備品室に集まり、密かに発禁本を読む読書会を開いていた。
ある日、翠華高校の女生徒が教室で目ざめると周りには誰もいない。後ろ姿を見かけた憧れの教師を追ううちに下級生の男子と遭遇する。激しい風雨の中、ふたりで学校を出ようとするが門の外は洪水で行く手がふさがれ、校内に戻るしかなかった。消えた同級生や先生を探す二人は悪夢のような恐怖が迫るなか、学校で起こった政府による暴力的な迫害事件と、その原因を作った密告者の哀しい真相に近づいていく―。
<作品情報>
監督:ジョン・スー/出演:ワン・ジン、ツォン・ジンファ、フー・モンボー、チョイ・シーワン、チュウ・ホンジャン/製作:2019年/本編:104分/R15+/(c) 1 PRODUCTION FILM CO. ALL RIGHTS RESERVED.
他作品とは一線を画した「ダーク・ミステリー」
2019年に台湾でメガヒットとなった映画『返校 言葉が消えた日(原題:返校)』は、台湾でも数少ない白色テロ(政府による政治的弾圧)を大きく扱った作品だ。人気ゲームの映画化ということはよく知られており、オリジナルのゲームは2017年に赤燭遊戲という台湾のゲームメーカーが開発した『返校 -Detention-』。1960年代の台湾を舞台にしたホラーアドベンチャーだ。最初はPC向けだったが、2019年にスマホゲームアプリとして普及した。劇的なストーリーテリング、底知れぬ恐ろしさのアートワーク、マルチエンディングに隠されたこの物語の本当の姿、というポイントで話題を呼び、PLAYISMにより日本語版も配信されている。しかし、映画版はこの特集「台湾ホラー」の他作品とは一線を画した「ダーク・ミステリー」だということを最初に伝えておきたい。
長く隠されていた「白色テロ」の歴史
1949年末、中国共産党との内戦に敗れた国民党は、中華民国中央政府とともに台湾に逃げこんだが、その数ヶ月前から台湾への共産党組織や思想の浸透を恐れて、激しい共産党摘発を始めていた。3月に大学生300余名が逮捕されたのを皮切りに、同年5月には台湾に戒厳令を施行。言論の自由が制限され、国民に相互監視と密告が強制された。そして多くの人々が政治犯として台湾東部の沖合にある緑島に置かれた政治犯収容施設に投獄、処刑された。
この、1947年から戒厳令が解除される1987年ごろまで続いた弾圧を「白色テロ」と呼ぶ。本作で描かれる政府が禁止する本の読書会を開いていた教師や生徒はじめ、作家、芸術家、医療従事者というインテリ層だけではなく、市井の人々も対象となった。緑島には女性専用の収容施設もあり、100人を超える女性政治犯が投獄され、この事実については、2022年に『流麻溝十五号(原題:流麻溝十五號)』という映画が作られ、2023年4月に東京・大阪で上映会が行われた。
本作の前に「白色テロ」を描いた映画は、ホウ・シャオシェン(侯孝賢)監督の『悲情城市』、エドワード・ヤン(楊德昌)監督の『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』、ワン・レン(萬仁)監督の『スーパーシチズン 超級大国民』しかない。しかも、全て1980〜1990年代の作品だ。
台湾は、その統治の歴史から自分たちの国の歴史を学校で教わることがなかった。最近では徐々に変わってきているが、『返校 言葉が消えた日』のジョン・スー(徐漢強)監督も学生時代には「白色テロ」については歴史の教科書に短い文章が載っていただけで、詳細を知ることになったのは大人になってからだと語っている。
その監督が、ゲーム好きということもあり、ゲーム版「返校 -Detention-」がリリースされたその日にクリアし、映画化を望んだ。そして、この映画化権を獲得したプロデューサーのアイリーン・リー(李耀華)とリー・リエ(李烈)から監督のオファーを受けることになった。
若い世代の支持を得て大ヒット
本作が公開され大ヒットに結びついたのは、単に人気ゲームの映画化というだけでなく、台湾の歴史の暗部が描かれていることにより、この時代を知らない若い世代が口コミで映画館へ足を運んだということが大きい。自分たちの歴史を知ることの重要性、そして今の台湾の民主と自由は決して誰かから与えられたものではなく、多くの犠牲と流された血によって自分たちが勝ち取ったものであることを、この映画で再確認したのだろう。
そうして、この年の映画アワード金馬奨では最多12部門にノミネートされ、新人監督賞、脚色賞、視覚効果賞、美術賞、オリジナル楽曲賞を受賞。翌2020年の台北電影獎では最高賞の百萬元大賞と長編劇映画賞、ワン・ジン(王淨)の主演女優賞、美術賞、音声賞、視覚効果賞の6部門を受賞。アウト・オブ・コンペのマーケティング賞も獲得した。
監督のジョン・スーは1981年生まれ。世新大学の映像学科を卒業、2005年のテレビ映画『第十五伺服器』がドラマアワード金鐘獎で単発ドラマ監督賞を受賞、金鐘獎史上最年少での受賞監督として注目された。その後数々の短編を作り、『返校』が初の長編映画。2020年の金馬奨ではPRムービーの監督を任されるという、台湾映画界期待の監督となった。
賞レースを沸かせたキャスト陣
主演のワン・ジン(王淨)はデビュー3年にして高い評価を得て、本作で大ブレイク。小説家としても活躍する才女で、映画やドラマで次々主演、『返校』の演技で金馬奨の主演女優賞にベテラン勢の中で唯一の若手ノミネート者となり、台北電影奨では見事に主演女優賞を獲得した。この後も立て続けに名作、話題作に出演し、いま台湾で一番勢いのある若手女優だ。いま日本で見られるのは、映画『瀑布』とドラマ『悲しみよりもっと悲しい物語(原題:比悲傷更悲傷的故事)』が配信中。
男子学生役のツェン・ジンホア(曾敬驊)は、オーディションで1万人の中から選ばれた新星。金馬奨で新人賞に、台北電影節では主演男優賞にノミネートされた。この後着実にキャリアを重ね、期待の若手スターだ。日本では、映画『君の心に刻んだ名前(原題:刻在你心底的名字)』、『次の被害者(原題:誰是被害者)』が配信で見られる。
ヒロインが思いを寄せる教師を演じたフー・モンボー(傅孟柏)は、台北芸術大学演劇学部監督科卒業後クリエイターを目指していた。俳優になる気は全くなかったが、後輩の紹介でCMやMVに出演。2007年の短編映画を皮切りに、ドラマや映画で活躍する。2017年のドラマ『最後的詩句』によりドラマアワード金鐘奨の主演男優賞を受賞、2018年の映画『范保德』で金馬奨の新人賞にノミネートされた。本作以降もメインキャストとして着実に歩みを続けている。
読書会を主宰する教師役のセシリア・チョイ(蔡思韵)は香港人だが、台湾の台北芸術大学演劇学部卒業後、香港と台湾で活躍する。スクリーンデビューは2014年の台湾映画『盜命師』で、2019年の香港映画『幻愛』で香港映画評論学会大賞の主演女優賞を受賞。台湾でも香港でも期待される女優だ。
なお、『返校 -Detention-』はドラマ版も製作され、2020年から『返校』というタイトルで配信されている。こちらは1969年と1999年の2つの時代で物語が進み、「白色テロ」についてももちろんしっかり描かれている。8話のオリジナル展開では登場人物の背景が掘り下げられ、台湾の伝統的な信仰や風習が盛り込まれている。原作のゲームの補完が成されていることも注目点で、映画版を見た後にご覧いただくことをお薦めする。
特集:台湾ホラー最前線!|視聴方法
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BS10「スターチャンネル」にて8/12(土)・8/13(日)ほか放送予定
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