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べらぼうな語りのうまさで魅せきる秀作!『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』(文/岡本敦史)

解説記事

2022.05.20

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赤狩りで理不尽にハリウッドを追われながらも名前を隠して活動を続け、『ローマの休日』など数々の名作を生み出した実在の大脚本家。その生涯を、コメディで知られた監督が描く感動の伝記映画。べらぼうな語りのうまさに加え、史実をもとにした政治風刺コメディとしても見事な出来映え。

 冷戦時代のアメリカで、共産主義に対する恐怖と敵意から巻き起こった差別的排斥運動……いわゆる「赤狩り」の波に巻き込まれ、ハリウッドから追放された脚本家ダルトン・トランボ。その理不尽な迫害に独自のやり方で立ち向かい、名前を隠しながらエネルギッシュに執筆活動を続け、ついには復活を遂げるまでを描いた伝記映画が、この『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』である。

 あの『ローマの休日』(1953年)や『パピヨン』(1973年)を手がけた名脚本家の伝記となれば、下手なモノを作るわけにはいかない!というプレッシャーも尋常ではなかっただろう。結果は及第点を遥かに凌ぎ、ジョン・マクナマラの脚本、ジェイ・ローチ監督の演出ともに、べらぼうな語りのうまさで魅せきる秀作に仕上がった。

 ジェイ・ローチと言えば、ある時期までは『オースティン・パワーズ』シリーズや『ミート・ザ・ペアレンツ』シリーズでおなじみのコメディ専門監督というイメージがあったが、それを覆したのが2008年のテレビムービー『リカウント』である。アル・ゴアとジョージ・W・ブッシュが火花を散らした2000年の米大統領選挙を題材に、そこで起きた再集計騒動の顛末を、ジェイ・ローチは見事な手さばきで群像劇スタイルの政治風刺喜劇に仕上げてみせた。「そうか、本当はこっちの人だったんだ」と思ったのは、『バイス』(2018年)のアダム・マッケイ監督と同様。両者は『俺たちスーパー・ポリティシャン めざせ下院議員!』(2012年)でも組んでいる。

 そんなわけで『トランボ~』は観る前の想像に違わず、史実をもとにした政治風刺コメディとしても見事な出来映えだ。ハリウッドを震撼させた「赤狩り」の実態、非米活動委員会の急先鋒として暗躍した人々、そのヒステリックな排斥運動に多くの映画人が加担していった過程を、非常にわかりやすく、皮肉なユーモアを込めながら描いている。歴史の教材として学校の授業で使ってほしいぐらいだ。
 売れっ子脚本家だったトランボが、なぜ赤狩り最初期の糾弾対象となった「ハリウッド・テン」に加えられたのか。そして、仕事を失ったはずのトランボがいかにして業界で生き延び、数々の知られざる仕事を残したのか。そんな彼にどのような転機が訪れ、一度は失われた名前を取り戻すことができたのか。その波瀾万丈の人生は、誤解を恐れずに言うならば、すこぶる面白い。映画ファンなら思わずグッとくる逸話の数々を、戦後アメリカ史のトピックを散りばめながらテンポよく描いていく手腕は、見事というほかない。

 脚本家の多くがそうであるように、トランボもまた「魅力的な要注意人物」だった。クセのあるインテリで、歯に衣着せぬ言動で敵も友人も等しく惹きつける……そんなトランボの人物像を実在感たっぷりに演じているのが、遅咲きの名優ブライアン・クランストン。言わずと知れた出世作『ブレイキング・バッド』(2008~2013年)のホワイト先生役に匹敵するハマリ役といっても過言ではない。デイヴィッド・フィンチャー監督の『Mank/マンク』(2020年)で、やはり脚本家のハーマン・J・マンキーウィッツを演じたゲイリー・オールドマンも、この映画のクランストンを意識せずにはいられなかったはずだ。
 トランボを取り巻く関係者たちのキャスティングも、まさに適材適所。なかでも赤狩りの広告塔的な役割を果たし、トランボと長年にわたって火花を散らしたコラムニスト、ヘッダ・ホッパー役を演じたヘレン・ミレンの憎たらしさは特筆ものだ(英国人だからこそ遠慮なく演じられたであろう、愛国外道ぶりがいっそ清々しい)。また、本人そっくりの佇まいに驚かされる名優エドワード・G・ロビンソン役のマイケル・スタールバーグ、B級映画専門の制作会社を経営するヤクザなプロデューサーを豪快に演じたジョン・グッドマンも印象深い。
 ルイ・C・Kが演じた悲運の脚本家仲間アーレン・ハードは、ハリウッド・テンに連座した数名の人物を融合させた架空のキャラクターだという。攻撃的な芸風のスタンダップ・コメディアンとして知られるルイ・C・Kだが、本作ではその裏側にある弱さと脆さを見透かされたような妙演を披露し、ひときわ印象に残る(しかし、2017年に複数の女性に対するセクハラ行為が判明し、本当にブラックリスト入りしてしまった)。
 あらゆる伝記がそうであるように、本作は「生き方」について考えさせるドラマでもある。ジェイ・ローチ監督と脚本のジョン・マクナマラは、トランボの不屈の映画人としての軌跡と同等に、彼が何よりも大事にした家族のドラマを主軸に置いている。

 この映画が最も盛り上がるのは、刑務所送りにされたトランボが無職の前科者として帰宅してからだ。背水の陣となったトランボ家は、独自の家内工業システムをスタートさせる。父トランボは一家の大黒柱として受注・生産係に徹し、それ以外の電話対応・配送・清書といった庶務は妻や子供たちの担当となり、さらに同じく職にあぶれた仲間たちにもシナリオ執筆やリライトの仕事を割り振っていく(奇しくもこのくだりが最も共産主義的である)。

 別にそういうライフスタイルをこの映画が礼賛しているわけではない。当然、家族に強いる負担は大きく、その悔恨をトランボは終生背負うことになるからだ。

 信念を貫き通すこと、家族の幸福を守り抜くこと。これらを両立させるという困難な事業に、トランボは粛々と立ち向かった。ある局面では家族の信頼も失いかけるが、己の過ちを認め、きちんと軌道修正(リライト)する。トランボほどアクの強い人間にとってはなかなか容易なことではないが、凡人にもそう簡単に真似できることではない。だからこそ、いつしか画面から目が離せなくなる。こんなふうに生きることができるだろうか、と。

 長い戦いの果てに、トランボのもとにはいくつかの福音が訪れる。カーク・ダグラスからは『スパルタカス』、オットー・プレミンジャーからは『栄光への脱出』という超大作2本の脚本を立て続けに依頼され、1960年公開の両作で完全復帰を果たすくだりは、すでに史実として知ってはいても痛快かつ感動的である。

 だが、この映画でトランボにとっての最大の恵みとして描かれるのは、家族が寄り添い続けたことではないだろうか(それもやはり彼の生き方がもたらしたものだろう)。夫の一番の理解者として家族を牽引し続けた妻クレオ(ダイアン・レイン)、父に反発しながらも最も色濃く反骨心を受け継いだ長女二コラ(エル・ファニング)、ともにまさしく女神のような存在感で観る者の心に残る。同時期に出演したどの作品よりも美しいエル・ファニングに「私はお父さんが人生の目標だった」なんて言われたら、父親としての役割はほぼアガリではないか。
 退廃の都ハリウッドに身を置きながら、根っからのリベラリストにして、筋金入りの人道主義者であることを貫き通したトランボ。特権的立場を利用してセクハラ・パワハラを繰り返した一部の映画人のように、己の優越感を満たすために他人を踏みにじるようなこともしなかった(劇中ではMGMのルイス・B・メイヤーがその行状を暴露されている)。その生きざまは、ジェイ・ローチ監督も深く共感するものだったに違いない。だからこそ、ハリウッドでいち早く#MeToo問題を取り上げた『スキャンダル』(2019年)の監督を引き受けたのではないだろうか。
Profile : 岡本敦史
ライター・編集者。主な参加書籍に『塚本晋也「野火」全記録』(洋泉社)、『パラサイト 半地下の家族 公式完全読本』(太田出版)など。劇場用パンフレット、DVD・Blu-rayのブックレット等にも執筆。
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