icon-sns-youtube icon-sns-facebook icon-sns-twitter icon-sns-instagram icon-sns-line icon-sns-tiktok icon-sns-etc
SEARCH
手紙のような映画|シャンタル・アケルマン監督作品解説(文/坂本安美) original image 16x9

手紙のような映画|シャンタル・アケルマン監督作品解説(文/坂本安美)

解説記事

2024.01.18

SHARE WITH

  • facebook
  • twitter
  • LINE

近年、日本でも上映され大きな話題を呼んだシャンタル・アケルマン監督。スターチャンネルEXでは監督作品12本を特集配信中。これにあわせ、坂本安美さんにその魅力を解説していただきました。本編とあわせてぜひこちらもお楽しみください!

目次

手紙のような映画

『アンナの出会い』© Chantal Akerman Foundation

 著名なフランス人映画批評家、セルジュ・ダネーはシャンタル・アケルマンの映画について次のように書いている。
「定期的に、シャンタル・アケルマンはこれまでも私たちに手紙を書いてきた。彼女はたとえば封筒の裏に『ジャンヌ・ディエルマン、ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』と住所を書いたり、『私、あなた、彼、彼女』と署名したり、『家からの手紙』では英語で自分の近況をくれたり、『アンナの出会い(原題『アンナとのランデブー』)』では様々な人たちとのランデブーを取り付けてくれた。それらの手紙が届き、すぐにゴミかごに捨ててしまう者もいれば、手にとって熱心に読む者もいた。私はもちろん後者のほうだった」。
 ダネーはアケルマンの映画のタイトルで言葉遊びをしながら、アケルマンの作品が観客に向けられた手紙のようであり、作品を通して送り手と受取手が繋がっていくと語る。さてダネーの定義は、言葉遊びを超えて、どれほどアケルマン映画の真髄に迫っているだろうか。
  「手紙」はまずモチーフとして、アケルマンの多くの作品にくりかえし出てくる。たとえば1974年に撮られた長編『私、あなた、彼、彼女』。この作品は三部構成となっており、その第一部でアケルマン本人が演じる女性が自分の部屋の中に籠城し、手紙をひたすら書き続けている。何枚もの長さになった手紙は床に敷きつめられ、映画のデコール、空間そのものを構成することになる。あるいは1986年に撮られたミュージカル・コメディ『ゴールデン・エイティーズ』。この映画はほとんどのシーンが地下にあるショッピングモールで展開するのだが、そのショッピングモールの中央にあるスナックのカウンターで切り盛りする女性はカナダに出稼ぎに行っている恋人からの手紙を日々待っている。そしてモールにいる人たちもその手紙を待ち侘び、そこで語られる恋の言葉をまるで自分の物語のように生きてさえいる。

『私、あなた、彼、彼女』© Chantal Akerman Foundation

 そしてアケルマンの代表作といえる『ジャンヌ・ディエルマン、ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』では、デルフィーヌ・セリッグ※1 演じるジャンヌ・ディエルマンがカナダに住む妹から送られてきた手紙を読むシーンがある。姉妹間で交わされるありきたりな言葉が書かれているようでありながら、夫を亡くして息子を独りで育てている姉が女性としてこれからどう生きていくのか心配する妹の言葉、女性としてどう生きていくのか、存在論的ともいっていい問いが投げかけられてもいる。ジャンヌの生活は、ほぼ数秒単位でオーガナイズされており、朝起きて息子の靴を磨く、朝ご飯を用意する、息子が学校に行ったら、掃除をする、夕食の買い物をする、準備をする、隣人の赤ん坊を預かる、そして客を取る、つまり売春を行う、しかし彼女にとってそれはじゃがいもの皮を剥くのと同じ日常の儀式のひとつのようだ。その日常のリズムを一秒たりとも乱さないことで、彼女は自分を保っている。しかし、この妹からの手紙はジャンヌによって堅固に閉じられ、守られていると思っていた日常という牢獄の壁に小さな風穴が開けられていくひとつのきっかけとなる。

『ジャンヌ・ディエルマン、ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』© Chantal Akerman Foundation

 『ジャンヌ・ディエルマン』という映画史を一新させるほどの傑作を24歳で発表し、一気に注目を浴びるようになったアケルマンは、その重圧から逃れるかのようにニューヨークに向かい、その地で撮ったのが『家からの手紙』である。ニューヨークの街を走る車、歩く人々、地下鉄などが映されていき、そこに母ナタリアから送られてきた手紙をアケルマン自身が読む声が重ねられていく。自分や家族の近況を伝えながら,娘のシャンタルの不在がいかに辛いか訴え、いつ帰ってくるのかと問う母の手紙をアケルマンは抑揚をおさえ、感情も加えることなく読み続け、それら言葉は、物質としての音そのものと化してニューヨークの街が放つ音と拮抗したり、かき消されたり、混ざり合っていく。
 「ディアスポラの体験を生きる母にとって、世界各地に離散した親戚や友人から送られてくる手紙、それはささやかなものであると同時にすべてでした」、とアケルマンは語った。母ナタリアの生い立ちについて、アケルマンは以下のように語っている。「私の母は、ポーランドのクロコヴィ近くの村を離れ、1938年にブリュッセルに亡命しますが、1942年か1943年にアウシュビッツの強制収容所に送られました。彼女が育った村はそこから50キロ離れたところでした。彼女の両親や親戚のほとんどはアウシュヴィッツで死亡し、母はほぼ唯一の生存者だったということです」。デビュー作である『街をぶっ飛ばせ』から遺作となる『ノー・ホーム・ムーヴィー』まで、ナタリアはアケルマンの作品につねに何らかの形で宿り続けてきた。アケルマン自身、「私の映画の唯一の主題、それは私の母です」とまで明言している。

『アメリカン・ストーリーズ 食事・家族・哲学』Collections CINEMATEK - ©Fondation Chantal Akerman

 『家からの手紙』と、ある意味、対を成す作品が『アメリカン・ストーリーズ 食事・家族・哲学』だ。この作品は『家からの手紙』が終わった海のシーンから始まり、再びニューヨークへと戻っていく。ニューヨーク在住のユダヤ人俳優たちが演じる世代も性別も異なる人々が一人ひとり、カメラを前にして、自分たちの人生の断片を語るのだが、それら物語は、ニューヨークで発行されているユダヤ人向けの新聞に投稿された手紙からインスパイアされてアケルマンが書いたものである。ニューヨークのウィリアムズバーグ橋のたもと、打ち捨てられたような空き地で、だんだんと夜のとばりが降り始め、朝があけようとする寸前まで、名もない人々によって新聞の投稿欄に掲載された小さな物語が、まさに映画を前にした私たちに宛てられた手紙のように読まれていく。

どのように世界に住むことができるのか

『囚われの女』© Corbis Sygma - Marthe Lemelle

 手紙は、モチーフとしてしばしアケルマンの作品に登場するだけでなく、アケルマン映画は手紙のように私たちに届けられる。「映画作家が観客に宛てて映画を撮る」などごく当たり前ではないかと思われるかもしれないが、アケルマンにおいてそれはより切実な意味を持つ。「I don’t belong anywhere 私はどこにも属さない」※2 と語っていたアケルマン、彼女の映画では、ある空間、ある場所、あるシーンにどのように住むことができるのか、あるいはできないのか、というテーマが繰り返し描かれてきた。しばし女性たちが慣習的に過ごしてきた場所が舞台となり、そのもっとも象徴的な場所が台所であり、そこから他のプライベートな空間、部屋へとはみ出していく。それらの場所はしかし、どこかかりそめの、一時凌ぎの場所であり、塹壕のような場所でもある。あるいは何かに埋め尽くされて住むことが容易ではないような場所だ。人々に安住の地はなく、つねに漂流し続ける。プルーストの「失われた時を求めて」を脚色した『囚われの女』、ジョゼフ・コンラッドのやはり同名小説を脚色した『オルメイヤーの阿房宮』にもそれは当てはめられるだろう。
 世界が住む場所でなくなってしまっているなら、住めないのなら、せめてそれを見つめる眼差しの中で住むことを可能にしようではないか。まさに映画とは、そうして生まれてきたのではないだろうか? 世界がまるで初めて見たかのようにそこに誕生、再び誕生する瞬間。それを前にして観客が存在することを可能とする。『私、あなた、彼、彼女』の第一部でアケルマン自身が演じる女性は、部屋の中で家具の位置を変えたり、マットレスや机を移動させ続ける。まるで監督自らがフレームの中でショットを作っていくのを私たち観客に見せているかのように、住むことができる場所が少しずつ作られていく。そしてある瞬間、女性は窓の外があることに気がつき、窓のそばに立ち、子供達が遊ぶ姿、通り過ぎる人々を眺め、その音に耳を傾ける。無秩序から秩序へ、映画を前にして観客が存在することを可能にする、あるいは、そこに観客が、私たちが住むことを可能にする。こうしてアケルマンの視線、カメラによって世界があらためて始まっていく。
※1 これまで日本では「デルフィーヌ・セイリグ」と表記されることが多かったが、よりフランス語の発音に近い「デルフィーヌ・セリッグ」と表記する。

※2 マリアンヌ・ランベールによるドキュメンタリ『I DON'T BELONG ANYWHERE: THE CINEMA OF CHANTAL AKERMAN 私はどこにも属さない:シャンタル・アケルマンの映画』(2016)で、2015年10月に亡くなる前に受けたインタビューにてアケルマンが語った言葉

© Chantal Akerman Foundation

配信中作品一覧

Amazon Prime Videoチャンネル「スターチャンネルEX」ではシャンタル・アケルマン監督作品を計12本配信中。Amazonプライム会員の方が月額990円を追加でお支払いいただくことで、いずれの作品も見放題になります。ぜひこの機会に一気にお楽しみください!※配信は2024年1月時点の情報となります

★以下のタイトルをクリックすると、Amazon Prime Videoの視聴ページに飛びます

街をぶっ飛ばせ

私、あなた、彼、彼女
ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地
家からの手紙
アンナの出会い
一晩中
ゴールデン・エイティーズ
アメリカン・ストーリーズ/食事・家族・哲学
東から
囚われの女
オルメイヤーの阿房宮
ノー・ホーム・ムーヴィー
21 件

RELATED