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“黄金色の夢”を追い求めた男の栄光と挫折の物語『ゴールド/金塊の行方』(文/高橋諭治)

解説記事

2022.02.09

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スターチャンネルEXでの配信作品『ゴールド/金塊の行方』の見どころを映画ライターの高橋諭治が紹介します。

目次

実際にあった金融スキャンダルを題材にしたアドベンチャー映画

『ゴールド/金塊の行方』は、1990年代半ばにカナダの金鉱会社Bre-Xマテリアルズが引き起こした一大スキャンダルを題材にしている。インドネシアで巨大な金鉱を発見したと発表したBre-X社の株価は証券市場で暴騰したが、のちにそれは大規模かつ巧妙な詐欺だったと発覚。Bre-X社は破綻し、多くの投資家が被害を受けた。

 脚本を執筆したのは、アンジェリーナ・ジョリー主演作『トゥームレイダー』(01)を手がけたパトリック・マセット、ジョン・ジンマンのコンビ。彼らの脚本はハリウッドのザ・ブラックリスト(まだ映画化されていない優れた脚本のリスト)に加えられ、複数のプロデューサーが製作に名乗りを上げて映画化が実現した。

 金融スキャンダルという題材は、人間のエゴや欲望といった普遍的なテーマをこのうえなくドラマチックに描くのにうってつけだ。しかし本作は『ウォール街』(87)、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(13)のように株の取引を扱った作品ではない。金は金でも“マネー”ではなく“ゴールド”の底知れない魅力に取りつかれた男の物語だ。株や為替の売買注文はオフィスの電話やパソコン、今ならスマホのアプリを使えば容易にできるが、主人公ケニー・ウェルズは世界各地の秘境に足を踏み入れ、未知なる金鉱を探しあてることに人生を捧げている。そんな途方もない“黄金色の夢”を追い求める男のジェットコースターさながらの軌跡を描き上げたアドベンチャー映画である。

 今は亡き父から金鉱会社ワショーを受け継いだケニーは、極度の業績不振にあえいでいた。そんなある日、インドネシアで成功する夢を見たケニーは衝動的に現地へ飛び、地質学者のマイケル・アコスタとともに新たな金探鉱事業に取りかかる。やがて資金が底をつき、マラリアにかかったケニーは生死の境をさまようが、奇跡的に金鉱を発見する。存続が危ぶまれていたワショー社はニューヨーク証券取引所への上場を果たし、たちまち時の人となったケニーは巨万の富を得るのだが……。

マシュー・マコノヒーがイケイケで突っ走る主人公を大熱演

映画を牽引するのは、主演俳優マシュー・マコノヒーのハイテンションなパフォーマンスだ。脚本を気に入って出演を決めたマコノヒーは、前頭部がはげ上がり、お腹がでっぷりふくらんで、酒にだらしない主人公ケニーを、身も心もキャラクターになりきる持ち前の憑依演技で体現した。

 ケニーはロマンの塊のような男だ。“夢”の啓示に突き動かされてインドネシアに旅立つ序盤からして破天荒だし、行き当たりばったりのセールストークで資金をかき集めながら自転車操業の金鉱ビジネスに没頭する姿は、誰が見たって危なっかしい。あらゆる観る者は、ケニーの行く末にはきっと破滅が待っていると想像するはずだ。ジョン・ヒューストン監督、ハンフリー・ボガート主演の名作『黄金』(48)がそうであったように、ゴールドという希少金属は欲深い人間を滅ぼす魔力を秘めているのだから。

 本作のメガホンを執ったのはスティーヴン・ギャガン。アメリカ=メキシコ間の麻薬犯罪の内幕を複雑な構成で描き上げたスティーヴン・ソダーバーグ監督作品『トラフィック』(00)の脚本でアカデミー賞を受賞し、元CIA工作員の告発本を映画化した『シリアナ』(05)の監督、脚本を務めた才人である。

 公開時の劇場パンフレットに掲載された裏話によれば、インドネシアのパートは同じ東南アジアのタイで撮影されたという。現地での撮影中は洪水、崖崩れ、モンスーンやクモ、ヘビに悩まされ、ギャガンいわく「撮影自体が物凄い冒険だった」そうだが、その気合いの入ったロケ撮影の効果はヴィジュアルの充実ぶりに表れている。とりわけインドネシアに乗り込んだケニーが、アコスタに導かれて川をボートでさかのぼり、険しいジャングルをくぐり抜けて、膨大な埋蔵量のゴールドが眠っているかもしれない山奥へとたどり着くシークエンスが素晴らしい。雄大な自然をカメラに収め、全編にわたって艶やかで陰影に富んだ映像を生み出したのは、アカデミー賞撮影賞に輝いた『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07)などの名手、ロバート・エルスウィットだ。

古風な冒険劇からミステリー映画へのトリッキーな転調

と、ここまでは『ゴールド/金塊の行方』のアドベンチャー映画としての見どころを書き連ねてきたが、ゴールドラッシュ時代ではなく1980年代を背景にした本作には、トリッキーなひねりが盛り込まれている。無鉄砲なフロンティア・スピリットに満ちあふれたケニーの武勇伝は彼自身のモノローグによって語られるのだが、中盤に何の前触れもなく時制が飛び、ケニーがFBIの事情聴取を受けているシーンが挿入される。

 このいかにも唐突な展開に、観る者は面食らわずにいられない。なぜなら、それまで約1時間を費やして、まことしやかに描かれてきたケニーの波瀾万丈の物語は、FBIに追及されている彼の供述、すなわち“回想”だったと判明するからだ。

 となると、ケニーの主観に基づく供述がすべて事実だとは限らない。ひょっとするとインドネシアで金鉱を発見し、ゴールド長者にのし上がった彼のサクセスストーリーには嘘がまぎれ込んでいるのではないか、いや、それどころか壮大なホラ話なのではないかという疑惑さえ浮上してくる。マコノヒーがイケイケの勢いで熱演するケニーが“信用のおけない語り手”に思えてきて、映画そのものが俄然謎めいてくる。冒頭に提示される「Inspired By True Events」というテロップを真に受けてはいけない。古典的なロマンあふれるアドベンチャー映画から、現代的なミステリー映画への転調。そこに本作特有の妙味がある。

“意外な結末”まで目が離せない、負け犬たちのバディムービー

ここでいったん話題を変え、ケニーを取り巻く重要なキャラクターをひとり紹介しよう。ケニーの金鉱探しのパートナーとなるアコスタは、独自の理論に基づいて銅などの鉱山を掘りあててきた地質学者だ。会社の存亡がかかったケニーは、アコスタの腕を見込んで人生最大の博打に打って出るのだが、実はアコスタも鉱山業界からすでに過去の人と蔑まれている。とことん直情的なケニーと冷静で思慮深いアコスタは、一見すると対照的な性格だが、共に崖っぷちに追いつめられた“負け犬”という共通項で結ばれている。しかも、彼らは魅惑のゴールドがかき立てるロマンに抗えないという点で似た者同士なのだ。本作はそんなふたりの夢追い人が織りなすバディムービーとしても面白い。

 アコスタに扮するのはベネズエラ出身のエドガー・ラミレス。オリヴィエ・アサイヤス監督が自ら手がけたTVシリーズを5時間半に再編集した大長編『カルロス』(10)で、実在のテロリスト“カルロス”ことイリッチ・ラミレス・サンチェスを演じて脚光を浴びたのち、『ゼロ・ダーク・サーティ』(12)、『X-ミッション』(15)、『ジャングル・クルーズ』(20)といったハリウッド映画でも活躍している実力派俳優だ。そのラミレスがいぶし銀の存在感を放つアコスタは、ケニーが身を投じるアドベンチャーの相棒であり、前述したミステリーのキーパーソンでもある。

 ゴールドという輝かしい富を手に入れ、その美酒に酔いしれるケニーのもとには、ウォール街のハイエナたちが群がってきて映画は混沌とした様相を呈していく。そして本稿の最初に記した“Bre-X社事件”から想を得た金融スキャンダルへと発展していくのだが、その時価1億6400万ドルの消えた金塊の行方をめぐるミステリーから最後まで目が離せない。“意外な結末”を見届けても謎が残されるこの映画、やはりひと筋縄ではいかない快作である。
Profile : 高橋諭治
純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。「毎日新聞」「映画.com」などに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。

視聴方法

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