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漫画家らしいダイナミックな発想の超・野心作『ジャッキーと女たちの王国』解説(文/林瑞絵) original image 16x9

漫画家らしいダイナミックな発想の超・野心作『ジャッキーと女たちの王国』解説(文/林瑞絵)

解説記事

2022.10.27

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老舗フランス映画会社Pathéの作品群の中から、映画ジャーナリストの林瑞絵さんに劇場未公開作品など日本では観る機会が限られていた映画9本を選んでいただき、スターチャンネルEXにて配信いたします。フランス在住の林さんが、現地での評価も踏まえてピックアップした、ここでしか観られない珠玉の作品群をこの機会にぜひご覧ください。

これにあわせ、配信作品の中からリアド・サトゥフ監督作『ジャッキーと女たちの王国』について、選者である林さんご自身に解説頂きました。ぜひ作品とあわせてこちらもお楽しみください。

目次

世界的に成功するシリア系仏人バンド・デシネ作家が監督

今回ご紹介したいのは、フランスで活躍するバンド・デシネ(仏語圏の漫画)作家の作品。監督のリアド・サトゥフは1978年パリ生まれ。シリア人の父、フランス人の母を持ち、幼少期をリビアやシリアで過ごしている。多くのヒット作を誇る漫画家だが、近年は自身のルーツに触れる自伝的作品『L’Arabe du futur  未来のアラブ人』シリーズが世界的な成功をおさめた。日本でも翻訳版が出版され、文化庁メディア芸術祭マンガ部門で優秀賞を獲得している。

 サトゥフの映画界進出は2009年。彼の漫画を気に入った映画プロデューサーが実写映画の制作を後押し。演出経験は無かったが、映画好きなサトゥフは筋も良かったのだろう。映画『Les Beaux Gosses いかしたガキども』は、スタッフの助けを借り、完成に漕ぎ着けた。イカしてない思春期男子の青春コメディは、初長編ながらカンヌ映画祭の監督週間に選出。観客動員数100万人を超える大ヒットとなり、仏アカデミー賞のセザール賞では新人監督賞を受賞した。

 だが、うまい話は永遠には続かない。本作『ジャッキーと女たちの王国』は、そんなサトゥフの長編第二作。2014年に満を持して公開されたが、動員数でいえば、こちらは見事にコケてしまったのだ。そのためサトゥフは現在、映画を撮ることが難しくなっている。だが、興行成績というのは時代の空気やタイミングの問題が大きく、成功は水物だ。今あらためて本作を鑑賞すれば、漫画家ならではのダイナミックな発想と野心的なテーマ設定に驚かされてしまう。前述の通り、サトゥフは本業の漫画家として目覚ましい活躍を続けているが、たまには映画監督業に戻ってほしいと願っている。
ジャッキーと女たちの王国

ジャッキーと女たちの王国

ディストピア的世界観に「女性優位社会」を据えて

本作の舞台は架空の国、どこかの国と似てるようで似ていないブブンヌ民主主義人民共和国だ。主人公のジャッキー(ヴァンサン・ラコスト)は、赤いベールを被った若い青年。この世界ではベールを被るのが男なら、軍服で勇ましく統治するのが女。つまり、男女の力関係がひっくり返っているのだ。

 民衆が待ち焦がれるのは、もうすぐ帰還する後継者の大佐(シャルロット・ゲンズブール)。若い男たちは彼女の夫になることを夢見ており、当然ジャッキーもその一人。果たして、彼は大佐の寵愛を得られるだろか。

 背景に広がるのは殺風景な世界。建ち並ぶ家々は判を押したように同じ設計だ。(セットではなくジョージアにある本当の町で撮影された)。各家庭には食事配給用の管が通り、 “完全食”と謳われるお粥ばかり食べさせられる。その一方、野菜の栽培は禁止され、陰では違法取引も。また、なぜか人々は馬を祀り上げる。村のあちこちに設置されたテレビは、洗脳装置として機能している……。
ジャッキーと女たちの王国

ジャッキーと女たちの王国

サトゥフは撮影中にジョージ・オーウェルの『1984年』を読んでいたというが、ここに写るのは全体主義的パラレルワールド。その意味で、『未来世紀ブラジル』『ビバリウム』、最近は『PLAN 75』もその範疇に入ると思うが、ディストピア映画の系譜に並べられるだろう。

 一般にディストピア映画は笑いにくく、たとえ笑ってもブラックユーモアなので笑いが凍るようなところがある。だが、本作は徹頭徹尾、純度100%のコメディを貫く。雰囲気ゆるゆるのディストピア映画は、かなり異色の存在だ。しかし大いに笑いを誘いながらも、同時に大胆にタブーに切り込んでもいる。ベール着用の描写ひとつとっても、タブーに挑戦してると言えるだろう。現在イランで起きている民衆への激しい弾圧を見れば、これがいかに扱いづらい深刻なテーマであるか、わかるというものだ。

 さらに本作はディストピア的世界観の上に「女性優位社会」が据えられるから、かけ算的に奇妙な世界が展開する。男女の力関係を反転させただけで、滑稽な状況があちこちで生まれるのだ。例えば、男の子は女性に気に入られるため、可愛らしい馬の刺繍入りパンツを身に付けている。そのような描写は大いに馬鹿馬鹿しいが、単に笑いを誘うだけでは終わらない。本作は笑いを盾に、根本的な問題を突きつけてくるからだ。なぜ男女の役割を交換したら途端に滑稽に映るのだろうか。もしも女性が主人公だったら、玉の輿のシンデレラ・ストーリーは美談になるのでは。そういえば女性は昔から、童話の中でも他力本願的な存在を押し付けられてきたのだろうか、といった具合に。

ただし、男女の役割を反転させたからといって、ブブンヌ民主主義人民共和国が平和的かというと、全くそうではない。女性たちは暴力的で強権的だし、男性への暴言もセクハラも厭わない。結局、サトゥフ監督は全方向的に辛辣で公平であり、そのバランス感覚も素晴らしいのだ。
ジャッキーと女たちの王国

ジャッキーと女たちの王国

仏映画界を牽引する若手トップのヴァンサン・ラコスト主演

キャスティングも秀逸だ。おとぼけな主人公ジャッキーには、『いかしたガキども』で主演したヴァンサン・ラコストを引き続き起用した。ラコストは14歳の時に、サトゥフ監督が撮影のため見出した俳優だが、今やフランスの若手俳優の中でもトップクラスの売れっ子。仏映画ファンには、『アマンダと僕』『今宵、212号室で』などの出演で知られる。来年には日本でもバルザック原作、グザヴィエ・ジャノリ監督の傑作『Illusions perdues 幻滅』が公開されると思うが、こちらではしたたかな若きジャーナリストに扮し、セザール賞助演男優賞を獲得した。映画自体もセザール賞作品賞を含む7部門を受賞した2021年度を代表する一本に。今やフランス映画界を牽引する存在となったわけだが、彼を発掘したサテゥフの功績は大きいだろう。

 そんなラコストはサトゥフにとって、映画の枠を超えたアルターエゴ的存在。もともとトリュフォー映画好きのサトゥフは、ジャン=ピエール・レオーが演じた『アントワーヌ・ドワネル』シリーズに影響を受けている。彼はラコストの俳優としての成長を、「Le jeune acteur Tome 1 Aventures de Vincent Lacoste au cinéma 若い俳優 第1巻 映画におけるヴァンサン・ラコストの冒険」という題で漫画にもしている。三部作の最初の一冊目は2021年11月に出版されたが、映画業界の裏側が新鮮な目線で描かれた楽しい一冊である。
ジャッキーと女たちの王国

ジャッキーと女たちの王国

『ジャッキーと女たちの王国』に戻るが、主人公ジャッキーに扮したラコストを筆頭に、本作は一見意外だが、結果的に適材適所のキャスティングも魅力だろう。シャルロット・ゲンズブール、映画監督のミシェル・アザナヴィシウスやノエミ・ルヴォウスキー、ベネチア映画祭金獅子賞を受賞のオドレイ・ディワン監督『あのこと』に主演のライジング・スター、アナマリア・ヴァルトロメイなどである。 

 本作は男性がベールを被る奇妙なイメージに、とっつきにくさを覚える人もいるかもしれない。だが、漫画家らしいダイナミックな発想力で独自の世界観を堂々と構築し、珍妙に見えるが中身は骨のある超・野心作に仕上がっている。管理社会や男性優位社会など、監督が抱いていた問題意識は、ますます現在進行形のものとして響いてくるようだ。
ジャッキーと女たちの王国

ジャッキーと女たちの王国

作品情報詳細

ジャッキーと女たちの王国
原題:JACKY AU ROYAUME DES FILLES

ブブンヌ民主主義人民共和国では、女性が政治や軍事権力を握り、一方、男性はヴェールをかぶり、家事をおこなっている。20歳の青年ジャッキーは、国中の多くの若い男たちと同じ大きな夢を抱いている。それは、この国の独裁者である将軍の娘“大佐”と結婚し、女の子をたくさんもうける、ということだ。そんな中、将軍が娘の結婚相手にふさわしい男を探すため舞踏会を開催することになり、意気揚々のジャッキーだったが…。

出演:ヴァンサン・ラコスト/シャルロット・ゲンズブール/ディディエ・ブルドン/アネモーヌ/ノエミ・ルヴォフスキー
監督:リアド・サトゥフ
© 2013 - LES FILMS DES TOURNELLES - PATHE FILMS - ORANGE STUDIO - FRANCE 2 CINEMA
<林さんによる解説記事一覧>

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