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チュニジア系移民家族のほとばしる生命力『クスクス粒の秘密』(文/林瑞絵)

解説記事

2022.09.22

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老舗フランス映画会社Pathéの作品群の中から、映画ジャーナリストの林瑞絵さんに劇場未公開作品など日本では観る機会が限られていた映画9本を選んでいただき、スターチャンネルEXにて配信いたします。フランス在住の林さんが、現地での評価も踏まえてピックアップした、ここでしか観られない珠玉の作品群をこの機会にぜひご覧ください。

 これにあわせ、今月配信作品の中からアブデラティフ・ケシシュ監督作『クスクス粒の秘密』について、選者である林さんご自身に解説頂きました。ぜひ作品とあわせてこちらもお楽しみください。

目次

フランス映画史の欠けたピースを埋める

20世紀も終わるという頃、彗星のようにフランス映画シーンに現れたのが、チュニジア系フランス人のアブデラティフ・ケシシュ監督だ。彼の最も有名な作品といえば、女性の同性愛を切なくも過激に描いた青春映画『アデル、ブルーは熱い色』(2013年)だろう。カンヌ映画祭最高賞で審査委員長を務めたスティーブン・スピルバーグは、本作で主演のアデル・エグザルコプロス、レア・セドゥとともに、ケシシュに最高賞のパルムドールを授与した。

 『クスクス粒の秘密』は彼の長編第3作。その前の作品も評価が高く、長編デビュー作の不法滞在する移民青年の苦難を描いた『ヴォルテールの過ち/La Faute à Voltaire』(2000年)はベネチア映画祭で新人監督賞を受賞。続く2作目はパリ郊外の高校生がマリヴォー劇に挑戦する『身をかわして/L’Esquive』(2003年)で、セザール賞最優秀作品賞を含む4つの賞に輝いた。この『身をかわして』の成功で彼の才能に目をつけたのが監督で大プロデューサーのクロード・ベリ。ケシシュが長年温めていた企画を気に入り、完成させたのが『クスクス粒の秘密』(2007年)だ。
クスクス粒の秘密

クスクス粒の秘密

本作はベネチアでお披露目され審査員大賞と新人俳優賞を受賞。さらに『身をかわして』と同様に、セザール賞最優秀作品賞を筆頭に監督賞、脚本賞、新人女優賞の4冠を達成した。つまり二度もフランス映画のトップに立ったわけで、ここでケシシュは若き巨匠の椅子に早々と座った。映画は観客動員数100万人を超える大ヒットを記録。この頃から2010年代まで、彼は約3年周期で話題作を連打したが、その都度映画ファンは熱狂した。たしかに「ケシシュの無双時代」というのが、フランス映画史にはあったのだ。

 残念ながら本作は日本の劇場公開は見送られていた。マグレブ(主にアフリカ北西部チュニジア、アルジェリア、モロッコ)系移民のドラマを受け入れる土壌が、当時の日本にはなかったからかもしれない。今回『クスクス粒の秘密』が鑑賞できるのは、欠けたフランス映画の重要なピースを埋める貴重な機会となるだろう。

美味しいクスクスを囲む人間の生命力

舞台は「南仏のベネチア」の異名を誇る港町セート。主人公スリマーヌ(アビブ・ブファール)は造船所の修理ドックで働く労働者。離婚した妻や子、孫たちとは団地の至近距離に住む。35年も働く職場からリストラ勧告を受け人生の岐路に立つ彼は、古い船を改装してクスクスのレストランを開業しようと一念発起する。恋人の娘リム(アフシア・エルジ)は、計画に懐疑的な人々をよそ目に、積極的に助けてくれる。営業許可の取得や資金調達など、開業はイバラ道。ならば役所関係者や町の名士を招待し、船上パーティを開いて実力を見せよう。そのクスクス・パーティが成功するかどうかが、大きなサスペンスになっている。アラブ系移民の生きるエネルギーや尊厳、人間くささに触れられる人間ドラマだ。

 1960年生まれのアブデラティフ・ケシシュは、ニース郊外で育った移民二世。主役のスリマーヌには移民一世の労働者を据えた。ケシシュの父親世代に当たるわけだが、差別や搾取に苦しみながらも、若い世代のために道を切り開いてきたこの世代にオマージュを捧げたのが本作だ。当初ケシシュは実の父親を主役にキャスティングしようと望んだが、企画が立ち上がる前に亡くなったため父の友人だった男性が演じている。

 映画はタイトルが示唆するように、マグレブ系の人々のソウルフード「クスクス」が作品の中心にある。原題は『La graine et le mulet / (穀物の)粒と(魚の)ボラ』だが、とりわけ「魚のクスクス」はチュニジアの名物料理。北アフリカからの移民が多いフランスでは、クスクスはフランス料理と呼べるほど市民権を得ており、フランス人に好きな料理のアンケートを取ればたいてい上位に入る。日本のカレーライスみたいなものか。
クスクス粒の秘密

クスクス粒の秘密

本作には語り草のシーンがいくつかあるが、そのひとつがテーブルに集う大家族がクスクスを食べるシーン。登場人物の顔という顔がアップで捉えられる。彼らは食欲も性欲も旺盛であり、感情の放出が直接的で本音トーク全開、その分いざこざも絶えない。だが大いに人間的だし、その全てを巻き込みながらも美味しいクスクスを囲んで過ごす様は生命力を感じさせる。観客も彼らの食卓に招待された感覚になる。

 ケシシュはフランス映画においては、モーリス・ピアラやジャック・ドワイヨンのように、テイクを重ねても生々しいリアリズムを探求する監督のひとり。時に俳優泣かせの監督だが、本作は食事シーン以外にも、その力技の演出術が随所で見られる。先の2022年のベネチア映画祭では、コンペ部門に俳優ロシュディ・ゼムが監督したフランス映画『Les Miens/Our Ties』があったが、この映画でもマグレブ系移民の家族が食卓を囲む様子がじっくり捉えられる。本作の影響を感じずにはいられなかった。
クスクス粒の秘密

クスクス粒の秘密

60代のモテモテおじさんと、逞しく肉感的なマグレブ系女性

還暦過ぎのスリマーヌのモテモテぶりは興味深い。一見愛想も甲斐性もなく、くたびれたおじさんに見えなくもない。だが、女性受けはすこぶる良かったりする。別れた元妻は愛情が残っているからレストランを手伝ってくれるし、美人の恋人からは嫉妬されるくらいに愛されている。たしかに長年家族のために頑張ってきたのは立派だし、みんなは徐々にスリマーヌの夢に乗ろうとするしで、映画は彼に威厳を与えようとしている。若い世代のため身を粉にして頑張った移民1世世代へのケシシュからの労いもあるだろう。

 キーパーソンとなるのがスリマーヌの恋人の娘リムだ。彼女は若いが堂々としており、スリマーヌを常に励ましてくれる。パーティがピンチに陥った時も、文字通り体を張って窮地を救おうとする。マグレブの国々はまだ男性優位社会の面があるだろうし、本作の女性たちも男性の身勝手さに振り回されているが、それでも登場する女性たちは言いたいことははっきり言うし、逞しく芯が強そうな人ばかり。最終的に頼りになるのは女性陣、と映画は言いたげだ。
クスクス粒の秘密

クスクス粒の秘密

本作の最大の見せ場といえば、リムの肉感的な体を賛歌する迫力のベリーダンス。ここで私たちは新しいマグレブ系の女性像に出会う。アフシア・エルジはこのシーンのため体重を15キロも増量したが、その努力は見事に花開いている。ただし、ケシシュは肉感的な女性が好き過ぎるようで、その後の作品でも肉体を接写する作品が続いたのは気になるところ。挙げ句の果てには様々な問題も起こし、#MeToo運動の機運も逆風となり、プロデューサーにとっては使いにくい監督になった。最近は新作の発表に手こずっているが、素晴らしい才能を持った監督であることは間違いないので、このようにキャリアが終わるのなら残念だ。

 一方、リムを演じたアフシア・エルジは、ケシシュのおかげで新人俳優賞を受賞し女優として開花。 監督業にも進出し、2021年のカンヌ映画祭「ある視点部門」では長編第2作の『Bonne mère/良い母』を出品しEnsemble賞を受賞した。この映画は北マルセイユの貧しい境遇で5人の子供を育てた移民系母親のドラマであり、エルジが母親に敬意を表した作品。映画の着眼点がかなり『クスクス粒の秘密』と似ている。過酷なケシシュの現場を生き延び、それを糧にしながら図太く映画界で生き延びるエルジを見ていると、やはり女性は逞しいと思わずを得ない。

 制作から早くも15年が経過。映画を取り巻く時代も目まぐるしく変わったが、今見るとまた新たな発見に出会えるフランス映画の重要作品だろう。
クスクス粒の秘密

クスクス粒の秘密

作品情報詳細

クスクス粒の秘密(2007年)
原題:LA GRAINE ET LE MULET

南仏の港町で暮らす初老のスリマーヌは、リストラの危機に瀕していた。そこで彼は愛人の娘・リムと共に、廃船を買い取って船上レストランを開く計画をたてる。しかしスリマーヌは、銀行の融資が降りず、役所の許可も得ることができない状況に頭を抱えてしまう。関係者を納得させるため、家族と共にプレオープンの試食会を開いたパーティーは盛り上がるものの、予定していたクスクスが届かずスリマーヌは窮地に立たされる。

出演:アビブ・ブファーレ/アフシア・エルジ/ファリダ・ベンケタシュ/アリス・ユーリ/アティカ・カラウイ
監督:アブデラティフ・ケシシュ
(c)2007 - PATHE FILMS - FRANCE 2 CINEMA
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