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英国民に愛されたテレビスターの知られざる晩年を描く『NOLLY ソープオペラの女王』解説(文/木津毅) original image 16x9

英国民に愛されたテレビスターの知られざる晩年を描く『NOLLY ソープオペラの女王』解説(文/木津毅)

解説記事

2023.12.01

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スターチャンネルEXで独占配信がスタートしたラッセル・T・デイヴィスの新作『NOLLY ソープオペラの女王』について、映画・音楽ライターの木津毅さんが解説。人々を魅了したノエル・ゴードンの魅力に迫ります。

 ソープオペラの魅力とはいったい何だろう。黎明期に石鹸製造会社がスポンサーを務めていたことからその呼称がついたと言われているソープオペラとは、ポピュラーな連続テレビシリーズのこと。メロドラマ的な物語を特徴とするため安っぽいものとして見なされることも少なくないが、世界中でおもに女性の視聴者から絶大な人気を誇ってきた。日本では、いわゆる「昼ドラ」が海外におけるソープオペラにもっとも近いイメージだろう。毎回見ているうちに、自分もキャラクターたちの一員だと錯覚してしまいそうになる親しみやすさ、それゆえの中毒性を持っているのだ。多数の登場人物たちが繰り広げるこみ入った人間模様や劇的な展開で視聴者を釘付けにする一方で、ロングラン放送となる場合が多いため、制作の都合で人気キャラクターが突然姿を消したり、ときには死んでしまったりもすることもある。そういったいざこざも含め、世間の関心を集めるのがソープオペラの特徴でもあるだろう。
 全3話のドラマ『NOLLY ソープオペラの女王』(以下『NOLLY』)は、イギリスで1964年から1988年にかけて4500話以上放送された連続テレビドラマ『クロスローズ』の主演女優だったノエル・ゴードンの晩年期を描いた作品だ。日本ではほとんど知られていないが、イギリスでは国民的なテレビスターだった彼女。架空のモーテルを舞台とした連続ドラマ『クロスローズ』は、低予算にもかかわらず人気を得て全盛期は1500万人の視聴者を誇っていたというから、まさにお茶の間に愛された大スターだったのだろう。『NOLLY』では1980年代のノエルの姿に焦点を当て、突然『クロスローズ』から降板することが決まった彼女の顛末を見せていく。
 と書くと、イギリス人にしかわからないテレビ女優の話のように感じられるかもしれないが、じつのところ『NOLLY』はあるテレビスターの逸話から現代的なテーマを引き出す作品だ。脚本と制作を務めているのは『ドクター・フー』や『Queer As Folk(原題)』といった数多くのヒット・ドラマを手がけてきたラッセル・T・デイヴィス。近年の代表作には、EU離脱後の英国の近未来を想像した政治劇『2034 今そこにある未来』(2019年)、1980年代のエイズ・クライシスの渦中にいたクィアの若者たちを描いた青春劇『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』(2021年)があるが、オープンリー・ゲイとして長くテレビ界で活躍する彼は、それら異なるモチーフのなかにゲイ・ヒストリーやゲイ・テーマを織りこんできた。そう考えると、『NOLLY』でデイヴィスがノエル・ゴードンをいまこそ語りたかった理由が見えてくる。そう、彼女は先駆的なフィメール・アイコンであり、ゲイ・アイコンでもあった。
 古今東西、大女優はゲイ・アイコンになりやすいが、ノエル・ゴードンも例に漏れずイギリスで多くのゲイの視聴者に愛される存在だったという。ゴードンが演じた『クロスローズ』の女主人メグはいわば「強い母」としてお茶の間で知られるキャラクターだった。『NOLLY』を観るとその人物像はどこかゴードン本人と通じているようなところがあり、彼女は撮影を独断でキビキビと仕切っていく。つまりノリーは、ドラマの中では家父長制に対して、外では男性中心的な業界に対して、毅然と対峙する自立した女性だったのだ。その姿は保守的な価値観が支配的だった時代の女性たちを勇気づけると同時に、まだカミングアウトが難しかった頃のゲイたちの心を解放していたのだろうと想像できる。
 生涯独身だったゴードンだが、ドラマではふたりの男性との友情が描かれている。ひとりはドラマ共演者だったトニー・アダムス、もうひとりがイギリスのテレビ界の大物コメディアンであったラリー・グレイソンだ。グレイソンは当時カミングアウトこそしていなかったものの同性愛者であったことが現在では知られている人物で、彼とゴードンのふたりはテレビ業界のアウトサイダーとしていわば戦友のような関係を築いていた。また、年の離れたアダムスとゴードンのプラトニックな男女の友情は、当時としてはかなり珍しいものだった。
 経済的に男に頼らず、自分の生き方を貫き、そして男社会に立ち向かう女――ノエル・ゴードンはイギリスのテレビ界で古くからそんな存在感を放っていたのだ。『NOLLY』の第2話で、ゴードンがバスに乗ってドラマの視聴者の女性たちに囲まれるシーンがある。興奮したファンの女性たちに次々と質問を浴びせられるゴードン。と、そこで、頭の固そうな中年男性がソープオペラを馬鹿にするような発言をわざわざ放ってくる。あんな番組くだらない、と。実際、『クロスローズ』はバカバカしい番組の代表として揶揄されることも少なくなかったという。そこでのゴードンの切り返しが最高に痛快だ。あなたたちの男社会が大切にしているものだって、くだらないものばかりではないか――そう喝破してみせるのである。そのとき、ソープオペラが女性たちやゲイたちを古くからエンパワーメントしてきたことがはっきりとわかる。
 ノエル・ゴードンの降板は、「わきまえない女」だった彼女が業界的に面倒な存在になっていたことがドラマでは示唆されている。ただ、これはテレビ業界だけでなく、1980年代だけでなく、現在でも男性中心的な社会のあらゆる場所で起きていることだろう。だからデイヴィスはかつての彼女の闘いに光を当て、いまこそ讃えるのである。
 そんなノエル・ゴードンに扮したヘレナ・ボナム・カーターが最高にチャーミングだ。『NOLLY』は大女優が大女優を演じるドラマなのだが、カーターはゴードンの貫禄だけでなく葛藤や脆さも見事に表現してみせている。パワフルだけどどこか親しみやすい――そんなノエル・ゴードンの姿は、21世紀に生きるドラマ好きのわたしたちの心も軽くするにちがいない。
NOLLY ソープオペラの女王|原題:NOLLY
脚本・製作総指揮:ラッセル・T・デイヴィス/出演:ヘレナ・ボナム・カーター、オーガスタス・プリュー、マーク・ゲイティスほか

公式サイト:https://www.star-ch.jp/drama/nolly/sid=1/p=t/
視聴URL:https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0CK49VQ5N

<作品概要>
イギリスで1964年から4,500話以上に渡って放送され、全盛期は約1,500万人の視聴者を誇った伝説の連続テレビドラマ(ソープオペラ)『クロスローズ』のメグ役として、お茶の間で最も愛された女優“ノリー”ことノエル・ゴードンの突然の降板劇を描く伝記ドラマ『NOLLY ソープオペラの女王』。ノリーを演じるのは英国を代表する演技派、ヘレナ・ボナム・カーター。脚本・製作総指揮を務めるのは『IT‘S A SIN 哀しみの天使たち』のラッセル・T・デイヴィス。約18年間主演を務めたドラマを突然解雇されたノリーが、新たな道を見つけていく晩年の姿をユーモラスかつ感動的に描く。(全3話)

<あらすじ>
“ノリー”ことノエル・ゴードンは、連続テレビドラマ『クロスローズ』の主演女優としてイギリスでは知らぬ者はいない大スター。スタッフやキャストと家族のような関係を築き、ひとり暮らしの孤独も年下の共演者トニー・アダムスが紛らせてくれていた。ところがある日、ノリーは何の前触れもなくテレビ局から降板を告げられ、この理不尽な解雇は、英国中を騒がせる大ニュースとなる。60歳を過ぎてからの転落にショックを受けながらも、ノリーは新たな道を歩き始めるのだが…。

(c) ITV Studios Ltd 2022
▼ラッセル・T・デイヴィス作品配信中!本記事で言及のあった2作品はスターチャンネルEXでも配信中ですので、ぜひこちらの2作品もチェックしてみてください
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