「木曜 夜なべ激レア」夏季攻勢【最終週 8/22(木)深夜24:10~】 えっ!? アニエス・ヴァルダがジャンル映画を!? 日本劇場未公開、未ソフト化作『創造物[4Kレストア版]』(文/ミサオ・マモル)
DVDにプレミア価格がついている!いや、未円盤化でVHSが最後!! いや、未ソフト化で大昔に劇場かTVでやったのが最後!!! いや、そもそも日本未公開!!!!! ここでしかなかなか見られない~完全にここでしか見られない、まで“激レア”な映画を夜っぴて味わうサーズデイナイト。題して「木曜 夜なべ激レア」。8月は夏季大攻勢!とんでもないラインナップ4本が登場。
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目黒川沿いおしゃれカフェだったか…いつかどこかで見かけた、内容不明で、創造物ならぬ“想像力”掻き立てられる映画ポスター。いったいどんな内容!?
8月の【木曜 夜なべ激レア】の“夏季攻勢”タイトルとして、『ル・バル』『都会のひと部屋』『ジュ・テーム、ジュ・テーム』を放送・配信していただいているが、末尾を飾るはアニエス・ヴァルダ監督の1966年作品『創造物』。前の3本は筆者がまだ映画青年(苦笑)だった頃に、何かのきっかけで存在を知り興味を抱いたが(いきさつは各作品について書いたコラムで!)本作も同様で、初公開時のフランス版ポスターに反応したのだった。
あのポスター、どこで見たんだっけ?ずうっと昔に、筆者がコラム内で度々話題にする東京日仏学院の壁に貼ってあったか、はたまた最初に勤務した配給会社の事務所近くの、目黒川沿いのおしゃれカフェ(中目ですからね)に飾られていたか。場所は今となっては思い出せないんだけど、白地に、主演のカトリーヌ・ドヌーヴとミシェル・ピコリ等の写真がダイヤ形にレイアウトされているデザインが印象に残っていた。そして『Les Créatures』という原題のロゴの下には「脚本・監督:アニエス・ヴァルダ」とある。それ以外、映画の内容が予測できそうな要素は一切なし。創造物ならぬ想像力が掻き立てられる、いったいどんな映画なんだ…?
ヴァルダが撮ったまさかのジャンル映画=サスペンス!! あまつさえ後半SFテイストまで内包!?
それから20年以上経ってようやく鑑賞が叶ったが、いやー驚かされた。“ドキュメンタリーとフィクションのハイブリッド”が映画作家ヴァルダのスタイル、とよく言われるが(『落穂拾い』以降、遺作『アニエスによるヴァルダ』までの近作はドキュメンタリーをも越えたシネ・エッセイという感じだった)、そんなヴァルダがジャンル映画=サスペンスと形容できる作品を撮っていたとはね!もちろん代表作の『5時から7時までのクレオ』、本作の前作にあたる『幸福(しあわせ)』にも心理サスペンス的描写は含まれていたが、ここまで正面切って、というのは以後のフィルモグラフィに見当たらない。しかもサスペンスと書いたが、前半は“奇妙な味”文学風、後半は犯罪ものの要素だけでなく、SFテイストまで内包しているのだ。
そもそもヴァルダ作品で、ドヌーヴ×ピコリのスター映画というのが珍しい(あと50年代ベルイマン組エヴァ・ダールベックや、『シェルブールの雨傘』のギィことニーノ・カステルヌオーヴォも出ている)。これまた、もちろんジェーン・バーキンと組んだ『カンフー・マスター!』と『アニエスv.によるジェーンb.』(*1)や、スターだらけカメオ出演の『百一夜』はあったが(『冬の旅』のサンドリーヌ・ボネールは『愛の記念に』直後の“新進女優”だったし~そういやマーシャ・メリルも出てた、遡って『ラ・ポワント・クールト』のフィリップ・ノワレはまだTNP(国立民衆劇場)所属の舞台俳優時代)スターを看板にした作品は、やはり見当たらない。画角だってスコープ・サイズ(*2)だしね。本作が唯一の、ではないか?
これで話題にならない方がおかしな気がする本作が、なぜか【激レア】に。日本では2009年に『アニエスの浜辺』初公開時の関連企画で、英語字幕入りフィルムが2回上映されたのが記録に残っている以外は不明。通常興行はもちろん、各種ソフト化もされていない。本作の存在自体、知らなかったという映画ファンが少なくないと思う。そんな本作を、いきなり昨2023年に修復されたばかりの最新4Kレストア版でご覧に入れようというのだから、これはかなりの贅沢ですよ?
© 1965-2023 Succession Agnes Varda - Cine-Tamaris
「島で暮らすカップルの物語」に落とし込まれた、①アーティストの創作プロセス ②愛し合っているが孤独を感じる夫婦、という2テーマ
では過去の夏季攻勢タイトルと同様に、本作の“生い立ち”を海外セラー制作のプレスシートを基にまとめてみたい。ヴァルダが本作の脚本を執筆したのは、フランス大西洋の島ノワールムティエに滞在中の事。かの地には彼女と夫ジャック・ドゥミの別荘があり、ひと冬(恐らく1964年~65年)を過ごしながら、互いに新作のシナリオに取り組んでいたそうだ(*3)。そして「島で暮らすカップルの物語。女は口がきけず、男は作家で新作を著す」という骨子を構想し、①アーティストの創作プロセス②愛し合っているが孤独を感じる夫婦、という二つのテーマを盛り込んだ。そうして出来たのが、こんなお話だ。
ある島の、砦のような屋敷に移住してきたSF作家のエドガーと若妻ミレーヌ。彼女はエドガーが起こした自動車事故が原因で、一時的に話せなくなる。そのため外出したがらない彼女に代わり、エドガーが用事をこなしていた。新作の執筆に取り掛かった彼は、島の自然環境や住人たちとの交流から着想を得てゆく。しかしエドガーは露天商の二人組にいきなり襲撃され、何者かが屋敷の前に黒猫の死骸を置く等、不可解な出来事が頻発する。そんな中ミレーヌは彼に第一子の妊娠を知らせお互いに喜ぶが、意思の疎通がスムーズに行かないためか、もどかしさも感じていた。やがてエドガーは、一連の出来事の原因が、人々を暴力行為や犯罪に駆り立てる謎の金属片にあり、それを秘かに流通させている人物の存在に気付いて阻止を試みるが…
前述のテーマ①と②をストレートなドラマで、ではなくサスペンス仕立てにした“脚本家”ヴァルダの新たな挑戦。彼女が「怖かった」という島のカニや、至る所にチェックの柄が画面に登場し、不穏な空気を醸成する。でも遊び心からか「駒が○○○○○であるチェスのゲームで自分を怯えさせようとした」そうだ…この伏字は何だ、って?ネタバレになるから書かない(笑)。本シーンの合成技術は、製作当時としては高水準だったのでは?ヴァルダ作品で、特撮の合成について言及するとはねえ。
© 1965-2023 Succession Agnes Varda - Cine-Tamaris
①と②について、ヴァルダのインタヴューからもう少し拾ってみる。先ずアーティストの創作過程だが、そのきっかけ、インスピレーションとは「万物から現れる、混とんとしたもの」で、人々との出会いや風景、読書といった日常の体験から得ている様だ。「これらに出会うと混乱させられ、まだ具体的な形にもなりませんが、先ずはその混乱を理解しなければなりません。そうする事で考え方や取り組み方が浮かびます」…気になった顔立ちの人なら素人でも“俳優”として自作に起用、またハート形のジャガイモとの出会いから『落穂拾い』が生まれた、そんな有形無形のインスピレーションを大切にするヴァルダ流の創作法が垣間見られる発言だが、ご近所さんや散歩コース内の建物を新作に登場させ、その後の物語を想像/創造しながら紡ぐエドガーの進め方は、その創作法を可視化したみたいだ。
一方の“愛すれど心さびしく”な二人だが、続く言葉を聴いて襟を正す。「共通点がなく孤独を感じる二人のキャラクターが、それを拒絶するのでも受け入れるのでもなく、その孤独に強さを見いだし、愛の中に活力を見いだすのです」――相手を愛しぬく覚悟をも感じる発言。以下、下世話ばなしに堕ちない様に気を付けるが、互いに深く想いながらも考え方や趣向はまったく異なっていたというドゥミ=ヴァルダ夫妻に重なりそうだ。本作のメイン・クレジットの後で「pour Jacques(ジャックに捧ぐ)」との献辞が出る事にもご注目いただきたい。
© 1965-2023 Succession Agnes Varda - Cine-Tamaris
エドガー役に「いつでも映画の冒険に乗り出す用意が出来ている」ピコリを、「優しく、いくぶん古風な女性」キャラクターであるミレーヌ役にドヌーヴをそれぞれ配し、謎の人物デュカス氏にはジャーナリストのリュシアン・ボダール(*4)を招聘。本作や『幸福』、ドゥミの『シェルブールの雨傘』『ロシュフォールの恋人たち』(ついでに書くと夏季攻勢の一本アラン・レネの『ジュ・テーム、ジュ・テーム』も)を製作した名プロデューサー、マグ・ボダールの最初の夫だった人だ。本作の脚本の改稿で関わり、役者としても出演したらしい。クライマックスでは、この人とピコリの“肉弾戦”(そのシーンで彼の“空手チョップ”?なる珍カットも飛び出す)まで見られるのだ。
© 1965-2023 Succession Agnes Varda - Cine-Tamaris
…という興味を惹く組み合わせ、そして1965年のベルリン国際映画祭銀熊賞に輝いた『幸福』の次回作として期待された『創造物』だったが、残念ながら不発に終わってしまう。
「この映画は(1966年のヴェネチア国際映画祭のコンペティションを含む(*5))あらゆる映画祭に出品され、二大スターを起用した事で引っ張りだこになったけれど、その後は振るわなかった」とヴァルダは回想する。「もっとダークにした方がよかったかも、徹底すべきでした」(*6)。だが本作は2006年、意外な形で蘇る。「映画の小屋La Cabane du Cinéma」として、である。
公開時は不発に終わった本作復活のキッカケとなった、2006年「映画の小屋La Cabane du Cinéma」とは!?
2000年代から映画作家のみならず、現代美術家としても活動していたヴァルダは、カルティエ現代美術財団から依頼された「島と彼女L’île et Elle」展向けのインスタレーションとして、5.50×4.50メートルの小屋を制作。
トタン屋根やドアはノワールムティエ島から運ばれた資材をリサイクル、そして四方の壁に本作のポジフィルムを張り詰めたものだ。「(観客が“壁紙”=フィルムに近づくと)自然光が映画の場面を浮かび上がらせ、ドヌーヴの美しい姿や馬と話すピコリを“発見”するので、来場者から大きな反響がありました」とヴァルダの娘ロザリー(*7)が証言する通り、映像が焼き付けられたフィルムそのものと、それらを投影したもののどちらが映画なのか、という疑問を提起しつつ、本作に新たな命を吹き込む事に成功する。
「映画の小屋」(*8)そして「島と彼女」展については前述の『アニエスの浜辺』でも触れられていたが、こんな“後日談”が。ヴァルダがポジフィルムを“壁”として使ったため、シーンごとの色調が参照できず本作の修復作業が難しくなったそうだ(笑)。だが監修を務めたヴァルダの息子マチュー・ドゥミ(*9)と関係者の尽力で、4Kレストアを施され本来の姿でも美しく復活。2023年のヴェネチア国際映画祭で57年ぶりの凱旋上映を果たして以降、アメリカのMoMAやリンカーン・センター等での上映で、新たな観客を獲得し続けている。
ヴァルダは公開当時、本作で「人々の生活に介入し、力を行使して影響を及ぼそうとする誘惑について」にも触れていると発言。デュカス氏の企みの件だと思うが、この辺は製作時よりも現在の方が、SNSやAI等でより身近に感じられるのではないか?本人は“手加減”を悔やんでいたご様子らしいが、本作はこのままでも十分に、不気味な存在感を増してきた、のかもしれない。
…という訳で、四回に渡り書いてきた夏季攻勢タイトルのコラムもこれにて一旦?おしまい。筆者は作品情報やプロダクション・ノート的な内容の記録に徹したつもりだが、取り敢えずの最終回ゆえ、本作に限り若干の“私見”を記す事をお許し願いたい。「『創造物』はヴァルダ版『(ジェームズ・キャメロンの)アビス』か?」――『アビス』の製作が1989年なので上記はおかしな例えだが、一見ヴァルダ作品らしくない本作が、実は心揺さぶられる『ドキュモントゥール』(*10)と並ぶ「私(わたくし)映画」なのでは…?と強く感じさせられた次第。分かる人には分かるかな。さて、あなたはどうお思いか?今すぐスターチャンネルに加入し、謎が謎呼ぶ本作に、正面から挑みやがれ!
*1…本稿を書いていて知ったが、この2本が8月23日より再公開されるとの事。昨年スターチャンネルで放送された、ジェーンが(ここにもいる!)ミシェル・ピコリと共演した『放蕩娘』では「実父に恋する娘」だったが、『カンフー~』では十代の娘の同級生(演じるはマチュー・ドゥミ)に恋するお母さん役だ
*2…撮影を担当したのはGOD=ゴダールの『男性・女性』、ゲンズブールの『ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ』、ピアラの『悪魔の陽の下に』等を手掛けたウィリー・クラント。また後のリヴェット組ウィリアム・ルプシャンスキー(『美しき諍い女』他多数、加えてトリュフォー『隣の女』やヴァルダの『ダゲール街の人々』等)のキャリア最初期作でもある。この両名は後にフィリップ・ガレル作品でも素晴らしい仕事を見せていた
*3…因みに夫君ドゥミが書いていたのは本作のムードと真逆の『ロシュフォールの恋人たち』。こちらにもドヌーヴ、ピコリの両名が出演していた。ところでこの二人、いったい何本の映画で共演したんだ?一番有名なのは『昼顔』だろうか?
*4…Lucien Bodard、1914年にフランス領事の子供として中国に生まれ十代半ばまで過ごす。1940年代からアジアでの紛争を取材するため各地に派遣され、フランスで最も著名な特派員の一人に。1970年代に小説に進出、1981年出版の「Anne Marie」でゴンクール賞を受賞した。1998年逝去。『薔薇の名前』にも出演している
*5…本作の他ブレッソンの『バルタザールどこへ行く』(前述マグ・ボダールが共同製作で参加)やトリュフォーの『華氏451』、ロジャー・コーマンの『ワイルド・エンジェル』等がコンペティション部門に出品されたが、金獅子賞は『アルジェの戦い』に輝く
*6…ヴァルダ曰く、シネマテーク・フランセーズ館長だったアンリ・ラングロワは「この映画を好きになってくれた一人」との事だが、ラングロワが彼女に宛てた手紙の内容は「『創造物』はルノワールの様に愚かで、ロッセリーニの様に悪く、メリエスの様に詩的でない」というヒネった書き方、ディスりと勘違いしそう(笑)
*7…衣装デザイナーとして母アニエスの『百一夜』、義理の父ドゥミの『(夏季攻勢タイトルの一本)都会のひと部屋』『想い出のマルセイユ』やGODの『パッション』等に携わった後、母の『顔たち、ところどころ』『アニエスによるヴァルダ』他のプロデューサーを務め、ヴァルダの製作会社シネ・タマリスの運営にも関わる
*8…もともとは本作の初公開時の興行的失敗に因み「私の失敗の小屋Ma Cabane de l'Échec」という身も蓋もない名前が付けられていたが(苦笑)小屋の成功で、2017年には『ラ・ポワント・クールト』のフィルムを使用したボートを、2018年には『幸福』のフィルムを使用した家(屋内にはひまわりが)と、『冬の旅』のフィルムを使用したテントを発表。それぞれ各作品を連想させる物体に“転生”している
*9…ヴァルダとジャック・ドゥミの息子で、母の諸作での子役時代を経て『ジャンヌと素敵な男の子』や『トムボーイ』等に出演。2011年の『シークレット・オブ・マイ・マザー』では監督・脚本を兼務した。現在も俳優業と並行しTVシリーズ監督として活躍中。俳優としての新作『クラブゼロ』(J・ハウスナー監督)は12月6日に公開予定
*10…ヴァルダがLA滞在中に監督した作品。彼女の分身といえる主人公役を、ヴァルダとドゥミ両者の作品を多く手掛けた(『都会のひと部屋』も)編集者サビーヌ・マムーが女優として演じた。そして息子役は上記マチュー・ドゥミ。ロザリー曰く「母の作品の中で最もセンチメンタルで、最も自伝に近く、唯一気を抜いたものかもしれません」
*特記以外の参考文献・映像
「Exhibition Agnès Varda, L’île et elle」ヴァルダのインタヴュー(「Fondation Cartier pour l’art contemporain」公式サイトより)
「L’été à Noirmoutier : Agnès Varda expose à la Fondation Cartier」(「L'influx」より、2016年9月14日投稿)
「Agnès Varda : une cabane de cinéma, la serre du bonheur」(「SansCrierArt」より、2018年6月9日投稿)
「L'a Cabane de cinéma d'Agnès Varda」ロザリー・ヴァルダ(「TROISCOULEURS」より、2022年9月6日投稿)
「Les Créatures (1966) de Agnès Varda」(「L'Oeil sur l'écran」より、2022年9月15日投稿)
「Les créatures」(シネ・タマリス公式サイトの本作ページ)
「ヴィヴァ、ヴァルダ!」2023年製作のTVドキュメンタリー、ピエール-アンリ・ジルベール監督
Profile : ミサオ・マモル
映画ひとすじ、有余年。映画配給会社を6社渡り歩き、現在は映画探偵事務所813フィルムズの人。ヨーロッパ映画を中心に、なぜか今まで未輸入だった名篇から、果てはなんじゃこりゃな“珍味”まで、今日も隠れたる逸品を探し求め東奔西走中。いやしっかし、最近の円安にはほとほと参っておりやす、、、