「木曜 夜なべ激レア」夏季攻勢【第3週 8/15(木)深夜24:10~】 アラン・レネの劇場未公開・未ソフト化作品。再評価進む不遇の傑作『ジュ・テーム、ジュ・テーム』(文/ミサオ・マモル)
DVDにプレミア価格がついている!いや、未円盤化でVHSが最後!! いや、未ソフト化で大昔に劇場かTVでやったのが最後!!! いや、そもそも日本未公開!!!!! ここでしかなかなか見られない~完全にここでしか見られない、まで“激レア”な映画を夜っぴて味わうサーズデイナイト。題して「木曜 夜なべ激レア」。8月は夏季大攻勢!とんでもないラインナップ4本が登場。
目次
本コラム著者が10年以上かけ日本公開を目論み続けてきた、激レアなアラン・レネ作品。今回ついに悲願成就で放送・配信で日本公開!!
『ジュ・テーム、ジュ・テーム』…そのシンプルで美しい題名の響きに惹かれ、東京日仏学院での英語字幕付きフィルム上映(確か全2回の限定)で鑑賞し、すっかり魅了されてしまった。それで本作を(劇場で公開するのはおカネやマンパワー面で難しかったので、せめて)DVDやBDでリリース出来ればと、お付き合いあるソフト会社に売り込んだが物別れに終わり、諦めきれず機会を狙っていたんだけれど、それから10年以上もかかって、今回ようやく放送と配信の形でご紹介できる事になった。長かった、、、まあ時間がかかったお陰で、最新の2Kレストア版(2023年制作)で本作をご覧に入れられるけれど。
鬼才アラン・レネ監督の1968年作品である。その圧倒的なフィルモグラフィ
~『夜と霧』を筆頭とする、才気あふれるドキュメンタリー群
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いまだ色あせない『二十四時間の情事(ヒロシマ、モナムール)』『去年マリエンバートで』を擁する1959年からの約10年間
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異色のコラボレーションに挑む『薔薇のスタビスキー』『プロビデンス』の70年代
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演劇・コミック・コメディの要素を大胆に取り入れた『アメリカの伯父さん』『メロ』の80年代
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上記の要素を推し進め、実年齢と反比例する若々しさを獲得していった『恋するシャンソン』『愛して飲んで歌って』の90年代から最晩年の2014年まで~
の中でも、ジャンルとしてはSF、それも今では単独でいちジャンルとして括れる「タイムリープもの」の元祖と言えそうな異色作だ。
だが本作は後述する原因で初公開時に不評を被り、それもあってか日本では劇場公開されず、ビデオ等の各種ソフトにもならず、なかなか見られない【激レア】作品になってしまった。でも欧米では2000年代に入ってから本作の再評価が進み、今日ではレネの60年代末尾を飾る“蘇った傑作”に数えられている。そんな“復活”までの経緯を以下で辿ってみたい。
脚本家(本業SF作家)との出会いと、本作始動の経緯。スタッフ、キャストがレネのもとに集まり、いよいよ完成した本作。68年5月のカンヌ映画祭コンペティションに選出される。が、しかし!!!!
1961年、レネはベルギーのSF作家ジャック・ステルンベルグ(*1)と出会った。レネに彼の本「Un Jour Ouvrable」を勧めたのは“僚友にしてライヴァル”クリス・マルケル(*2)だったそうだが、その後レネは他の著作も読んだ上でステルンベルグに脚本の執筆を依頼。それまでマルグリット・デュラス(『二十四時間~』)ジャン・ケイヨール(『夜と霧』『ミュリエル』)アラン・ロブ=グリエ(『マリエンバート』)ホルヘ・センプラン(『戦争は終わった』後年の『スタビスキー』)レイモン・クノー(『スチレンの歌』(未))といった、プロパーの映画脚本家ではない作家たちと組んできたレネらしいチョイスと言えよう(*3)。そんな彼のオファーに対し、ステルンベルグが提案した四つのプロットの内、主人公がタイムトラヴェルで自分の人生を再体験するという内容が採用され、二人は中断を挟みながらも5年がかりで脚本を完成させる。
ステルンベルグが多分に自身を投影したと語る主人公クロード・リデル(*4)役に、レネは『捕えられた伍長』『黒衣の花嫁』のクロード・リッシュを指名。映画ではコメディに多く出ている印象だが、舞台俳優としてフランス演劇界の最高峰モリエール賞に何度もノミネートされていた実力派だ。彼もレネと組む事を切望しオファーの電話に喜ぶも、レネにこう“警告”されたと回想している。「本作では君は映らない。カメラが“君”なんだ。君がカメラに映るのは鏡の前を通る時だけだ、と言われました…鏡が多いといいのですが!(笑)」。この話より、当初レネは全篇を主観カメラで通す構想を持っていたらしい。
続いて“クロード・リデル運命の女(ひと)”カトリーヌ役は『シシリアン(ヴェルヌイユ)』や『大反撃』に顔を見せていたカレン・ブランゲルノンと、『さらば友よ』が忘れがたいオルガ・ジョルジュ=ピコの二人に絞られ、後者に決定(*5)。「非常に美しく、驚くほど悲しく、子供っぽい面もある」とステルンベルグが形容する、聡明さと脆さが共存するキャラクター像を具現している。まあ若干めんどくさいキャラですが(苦笑)だからこそ愛おしくなるのかもなあ。
二人に加え、『死よ、万歳』のアヌーク・フェルジャック、『フレンチ・コネクション2』等のベルナール・フレッソン、そしてレネゆかりの人々のカメオ出演(*6)と賑やかな顔ぶれになった本作は、1967年9月から約2カ月に渡りステルンベルグの故国ベルギーで撮影。特筆すべきは、球根とも人体の器官ともイモムシ(!)とも形容できそうなタイムマシーンの独特な造形。そんな形状なのでクロードはマシーンに乗り込むのではなく、中に入りその一部になる感じか。ジャック・ドゥミの『ロバと王女』で、カトリーヌ・ドヌーヴが被るロバの着ぐるみを制作したアゴスティノ・パースの手腕だ。そして音楽を、ポーランド現代音楽の巨匠クシシュトフ・ペンデレツキ(『カティンの森』)が担当。コーラスによる荘厳かつ幻惑的な響きが、トリップ感を増幅する。
こうして完成した本作は、1968年5月のカンヌ映画祭のコンペティションに選出される。
カンヌ映画祭コンペティションに選出されるも五月革命で開催中止、本作も興行的惨敗を喫しレネは失望してNYへ。そして本作は忘れられた映画に…
だが1968年は五月革命の年、この動きに呼応したシネマテーク擁護委員会によって映画祭が中止に追い込まれ(*7)、まだ現地入りしていなかったレネもニュースを聞き、本作の出品取り下げを発表。また本作はカンヌでの上映前の4月下旬より劇場公開されていたが、経費の半分弱しか回収できない興行的惨敗を喫してしまう。恐らく五月革命の前後で人々の関心が映画に向かず、カンヌでの上映の話題で動員に繋げる目論見も外れたタイミングの悪さが原因だろうが、当時の批評家や映画ファンの、SFというジャンルを軽視する傾向が低評価の理由との指摘もある(*8)。SFといっても本作は、タイムトラヴェルの話ではあるものの、殊更ジャンル感を強調している訳ではないけどねえ…(*9)
本作の演技でクロード・リッシュにサン・セバスチャン国際映画祭の主演男優賞(*10)が贈られる吉報もあったが、レネは本作の結果に失望。以後5年に渡りニューヨークへ“亡命”し、『西暦01年』(意外やジャック・ドワイヨン監督)のニューヨーク撮影のパートに携わった以外は、1974年の『スタビスキー』まで映画が撮れない不遇の日々が続いた。そして本作も、忘れられた存在になってしまう。
しかしゼロ年代以降に進んだ名誉回復。2014年「最優秀再発見賞」に選出されるほど、以降のレネ作品と後続作品への影響は大だったとして再評価される
本作が改めて注目されるのは2002年、「カイエ・デュ・シネマ」と並ぶフランスの老舗映画誌「ポジティフ」が創刊50周年を記念してレネにオマージュを捧げ、同年のカンヌ映画祭にて本作をニュープリントで特別上映。翌2003年3月には劇場でのリヴァイヴァル公開も実現し、「『プロビデンス』『アメリカの伯父さん』(*11)の起源。本作以後のレネのタッチ――熟慮された軽さと叙情性――が最初に盛り込まれた作品」(ル・モンド)「『メメント』『アレックス』そしてソダーバーグ版『ソラリス』に大きな影響を与えた」(TélécinéObs)といった評価と共に、本作が再発見される。
それから10年強の2014年、今度はアメリカで(世は既にDCPが一般的になっていたが)フィルム上映が実現(*12)。「過去から現れた偉大な作品。映画はタイムマシーンであり、レネは究極のタイムトラヴェラー」(ニューヨーク・タイムズ)「ミシェル・ゴンドリーが『エターナル・サンシャイン』で本作を参照したと言っていたのが分かる」(タイムアウト)等、反響を呼んだ。またボストン映画批評家協会は同年、本作を「最優秀再発見賞(Best Rediscoveries)」に選出している。
…2000年代の本作への称賛を裏返せば、1968年の時点で本作は早過ぎたのだろう。以降のレネ作品(「ル・モンド」同様、後期諸作の萌芽を見出した批評が散見された)、そして影響が指摘される後続作品をいま見返すと、本作がそれらのオリジンだと気付かされる(*13)。
レネ作品(特に初期)の主題である「記憶と意識と感情」を扱いながらも、抑制されているがエモーショナルな本作。失恋、いやそれ以上の“失愛”を経験した方なら、本作を見て何らかの思いを抱かずにはいられない筈だ。
遅い歩みながら“名誉回復”してきた本作の、アメリカでの再発見から更に10年。次はここ日本の番ではないか?今回の放送と配信で、より多くの方にご覧いただける事を願って止まない。さあ本作を見て、在りし日の成就しなかった恋愛に思いを馳せ、存分に酔いしれやがれ!
*1…Jacques Sternberg、邦訳に「ミッシェルは夜」(講談社)「五月革命’68」(サンリオSF文庫、同書ではジャック・ステルンベールと表記)他がある
*2…レネとドキュメンタリー『肖像もまた死す』(未)を共同監督。また説明不要のSF映画の金字塔『ラ・ジュテ』を、レネより先にモノにしている。その他の代表作に『サン・ソレイユ』『A.K. ドキュメント黒澤明』
*3…本作の後も英の劇作家デヴィッド・マーサー(『プロビデンス』)米のコミック作家ジュールズ・シェイファー(『お家に帰りたい』)仏の劇作家ジャン=ミシェル・リブ(『六つの心』)、そして俳優兼劇作家
のアニエス・ジャウイ&ジャン=ピエール・バクリ(『恋するシャンソン』)らと組む。『アメリカの伯父さん』でジャン・グリュオー(『恋のエチュード』)を起用したのが、レネのキャリアでは異色だろう
*4…本作の前にレネとステルンベルグが参加したオムニバス『ベトナムから遠く離れて』の第四話の主人公も「クロード・リデル」で、作品タイトルにもなっている。ベルナール・フレッソンが演じているが、本作とは関連がない。因みにフレッソンは本作の前に『二十四時間の情事』『戦争は終わった』のレネ作品に出演している
*5…本作ではジョルジュ=ピコにヒロイン役を獲られたブランゲルノンだが、上記「クロード・リデル」で、フレッソン版クロードの独白を終始無言で聞いている女性役で出演している。カトリーヌ役には二人の他にビュル・オジェも検討されていたそうだ。因みにステルンベルグはクロード役にモーリス・ロネを推していたが、『鬼火』を連想させるという理由で却下されたとの事
*6…『マリエンバートで』のロブ=グリエと、その夫人で作家そして“SMの女王様”だったらしいカトリーヌ・ロブ=グリエ、『戦争は終わった』等のセンプラン、「カイエ・デュ・シネマ」共同創始者で『唇(くち)によだれ』等の監督ジャック・ドニオル=ヴァルクローズ、『柔らかい肌』(レネが絶賛したトリュフォー監督作)の脚本家ジャン=ルイ・リシャール、作詞家ジョルジュ・ヴァルテール、ジャズ評論家アラン・テルシネ、映画史家ジャン=クロード・ロメール、フランスにおけるコミックの地位向上に貢献したジャーナリストのフランシス・ラカサン、といった面々
*7…なぜ「五月革命に呼応したシネマテーク擁護委員会によって映画祭が中止に追い込まれ」たのか、詳しくは山田宏一氏の名著「友よ映画よ――わがヌーヴェル・ヴァーグ史」(ちくま文庫)を参照されたい。因みに同書には、本作の上映を妨害されたステルンベルグの恨み節の様な、虚実ないまぜのルポ「ある文化革命の解剖――カンヌ映画祭一九六八」も掲載されている
*8…「Les Nouvelles Fiches du Cinéma」誌2003年3月5日号掲載のミシェル・ベルジョンの記事「Loving, no loving? Living or Dying?――une repriël de JE T'AIME, JE T'AIM'un film signé keskais -- Sternberg - Rich」で。レネが好んだ大衆文化(SF、ソープオペラ、コミック…レネのコミック好きは広く知られている)が知識人に擁護されるまで、あと2年ほど必要だった、とも記していた。確かに“SF”『スローターハウス5』がカンヌで審査員賞を受賞するのは4年後の1972年だ
*9…後の『相続人(ベルモンド主演の方)』『潮騒』の監督フィリップ・ラブロがジャーナリスト時代に、本作の公開に合わせレネにインタヴューしたが、そこでレネは「本作はSFではない」と発言。また脚本段階で、本作を近未来SF風にしない様に提案したのはステルンベルグだそうだ
*10…『愛は心に深く』のシドニー・ポワチエとの同点受賞。因みにクロード・リッシュは後に『薔薇のスタビスキー』と『六つの心』(声のみの出演)でレネ作品に復帰
*11…本作ではクロードより先にネズミが、文字通りモルモットとしてタイムトラヴェルを治験するが、レネ作品でネズミといえば『アメリカの伯父さん』を思い出す(笑)。言及していた映画評も見られた
*12…ブリーディング・フィルム・ライト・グループとザ・フィルム・デスクの共同配給。前者は本作の後目立った活動は行っていない様だが、後者はクラシック作品をフィルムで上映する事を使命として現在も諸作を公開、なんて奇特な人たちなんだ!(笑)『戦争は終わった』のアメリカ盤BD化も手掛けている
*13…筆者は『ミッション:8ミニッツ』を連想した。本作をエンタメとしてリメイクしたらこうなった、
という感じ?『ラ・ジュテ』に対する『12モンキーズ』みたいなポジションか
*特記以外の参考文献・映像
Positif誌2002年5月号の本作特集
「大胆不敵な映画監督アラン・レネAlain Resnais, L'audacieux」TVドキュメンタリー、ピエール=アンリ・ギベール監督
「Trapped in Time: Alain Resnais’ JE T’AIME, JE T’AIME」ジョナサン・ローゼンバウム(キノ・ローバーより発売の米盤BD向け寄稿を同氏のサイトへ2018年4月22日に転載投稿)
「Mai-68 : quand les cinéastes votaient la grève au Festival de Cannes」ステファニー・ベルペッシュ(「Le Journal du Dimanche」誌2018年10月5日)
Le Monde紙2003年5月3日号
「Reprise Voyage au coeur du temps avec Alain Resnais」ジャン=フランソワ・ロージェ(同上)
TélécinéObs誌2003年3月14日号
米リヴァイヴァル時配給会社ザ・フィルム・デスク公式サイト内・本作ページ(フィリップ・ラブロによるインタヴューの英訳版も掲載)
「Fragmented Frames of the Love That Was, Taunting Yet Poignant――‘Je T’Aime, Je T’Aime,’ Explores Time and Memory」マノーラ・ダージス(「New York Times」紙2014年2月13日号)
「Alain Resnais, période expérimentale」フィリップ・ロイエ(「Le Crox」紙2003年3月5日号)
Profile : ミサオ・マモル
映画ひとすじ、有余年。映画配給会社を6社渡り歩き、現在は映画探偵事務所813フィルムズの人。ヨーロッパ映画を中心に、なぜか今まで未輸入だった名篇から、果てはなんじゃこりゃな“珍味”まで、今日も隠れたる逸品を探し求め東奔西走中。いやしっかし、最近の円安にはほとほと参っておりやす、、、