時と共に古ぼけていくどころか徐々に輝きを増していく、永遠の妖精オードリー・ヘプバーンの唯一無二の魅力とは(文/清藤秀人)
2022年5月に劇場公開されたドキュメンタリー映画『オードリー・ヘプバーン』が、6月時点でドキュメンタリー映画としては異例の興収1億円を突破。そんな中、スター・チャンネルEXでは『ローマの休日』(53)、『噂の二人』(61)、『シャレード』(63)、以上3本のオードリー主演作を配信する。まずは『ローマの休日』とオードリーの運命的な出会いから話を始めよう。
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『ローマの休日』
俳優の運命を決定づけるカメラテストがある。映画史に残る『ローマの休日』(53)のカメラテストは、1951年9月18日、ロンドンのパインウッド・スタジオで行われる。テストを仕切るのは『初恋』(52)の監督として知られるハロルド・ディキンソン。カメラの前に立ったのはその『初恋』でバレリーナ役を演じたオードリー・ヘプバーンだ。
オードリーは第二次大戦下の故郷オランダ、アーネムでレジスタンス運動に加担したことについて聞かれた際、何ら臆することなく、『バレエを踊って得た資金をレジスタンスに寄付しました』と答えて周囲を感動させるが、運命の瞬間はその直後に訪れる。『ローマの休日』の監督、ウィリアム・ワイラーから前以てテストが終わった後もこっそりカメラを回して、オードリーの反応を見てみたいと伝えられていたディキンソンは指示に従う。すると、『カット!』の声と同時にオードリーは弾けるような笑顔でカメラを覗き込み、『まだ撮ってるんでしょう?知ってるわよ』と言ってスタジオ中を暖かな空気で包み込む。テストフィルムを確認したワイラーは、当時はまだ無名のダンサーに過ぎなかったオードリーをアン王女役に抜擢。こうして難航を極めたヒロイン選びはようやく決着する。
撮影が始まると、オードリーがカメラテストで見せたような自然な感情表現が随所で炸裂して、アン王女と新聞記者ジョー(グレゴリー・ペック)のローマ探訪記を後押しして行く。その際たるものが、”真実の口”での名場面だ。本番で、嘘つきは手首を食いちぎられるという伝説がある石造の口に手を突っ込んだペックが、本当に手首がなくなったように見せかけると、唯一何も知らされていなかったオードリーが本気で絶叫するという例のアレである。カメラマン、アーヴィングを演じるエディ・アルバートの心から愉快そうな笑顔に、記録的な酷暑に見舞われた古都ローマで行われた撮影現場の幸福度が現れている。オードリーは慣れない海外ロケで疲弊気味の撮影クルーにとって、いつも一服の清涼剤であり、映画の魅力を決定づけるキーパーソンでもあったのだ。
たった1日の逃避行を共にしたことで恋に落ちてしまったジョーに涙で別れを告げたアンは、再び王女に戻って記者会見に臨む。記者の1人が投げかけた『国家間の友好の未来についてどうお考えですか?』という質問に対して、王女はルーティンに従い『必ずなし得ることだと信じています』と答えた後、会見に列席したジョーの顔を見つめながら、決まりを破ってこう付け加える。『人と人との友情を信じるように』と。それは互いの立場を優先して別れを決意した王女がジョーに対して放った渾身のメッセージには違いない。しかし同時に、その台詞には、当時のハリウッドで吹き荒れた共産主義者排斥運動、俗に言う”赤狩り”の対象になり、本名で仕事をすることが許されなった脚本家ドルトン・トランボの、映画界の仲間たちに対する祈りが込められてもいた。『ローマの休日』は単なるラブロマンスではないのだ。だからこそ、かくも長く愛され、様々な方法でリピートされ、その都度、観る側の心にしみじみと深い感動を呼び起こすのだろう。
そして、オードリーはこのハリウッド・デビュー作で見事、アカデミー主演女優賞を獲得。マリリン・モンローやエリザベス・テーラーに代表されるグラマラスが全盛時代のハリウッドで、バンビのようなスリムなボディと、独特のミニマルな服を着こなすファッションアイコンとしてオンリーワンの存在になっていくオードリーだったが、演技面では、パインウッド・スタジオのカメラテストで見せたような自然体で役に挑み続けた。10代の頃は戦時下にいて、その後、ロンドンに移ってからは生活のためにモデルやダンサーをしていたオードリーは、正式に演技レッスンを受けた経験がない。演技とは本能的なものだったと本人が後述しているが、長男のショーン・ヘプバーン・ファーラーはこうコメントしている。脚本に書かれている役柄の感情と自分の感情を照らし合わせて、共感するものを見つけ出してカメラの前で最大限に表現する。それが、オードリーにとっての演技だったのだと。
オードリーが演じた数々のヒロイン像が、世代を超えて観客の目にいつまでも魅力的に映るのは、そこに作り物ではない本物の感情があるからだ。演技派とは根本的に異なる本能的な感情表現。それが俳優オードリーの魅力の本質なのではないだろうか。
『噂の二人』
ウィリアム・ワイラーは巨匠の目でそれをいち早く見抜いていた。ワイラーは2度目のコラボ作となる『噂の二人』(61)では、リリアン・ヘルマンの原作を基に、同性愛の噂を立てられ引き篭もる教師、マーサ役をオードリーに依頼。ここでは、社会の差別と訣別して清々しい表情で学校を後にして行くオードリーのラストショットに最大の魅力があったし、一方、ビリー・ワイルダーは『麗しのサブリナ』(54)と『昼下りの情事』(57)の2作で、オードリーからコメディエンヌとしてのセンスを引き出すことに成功する。
『シャレード』
ファッションアイコン、オードリーの個性を誰よりも大胆に映像に焼き付けたのがスタンリー・ドーネンだ。ファッション・フォトグラファー、リチャード・アヴェドンがビジュアル・コンサルタントを務めた『パリの恋人』(57)では、古本屋の店員からトップモデルへと脱皮していくヒロインを、続く『シャレード』(63)ではスタイリッシュなクチュールを次々着替えて殺し屋から逃れていく未亡人をオードリーに演じさせて、オードリー映画の洗練度を一気にアップさせる。どちらも衣装デザインを担当したのはユベール・ド・ジバンシィ。特に、『シャレード』でジバンシィがオードリーのために用意したシンプルなスーツやコートの類いは、骨張ったボディラインがコンプレックスだったオードリーにとって、まるで守り神のようだったとはオードリー本人のコメントだ。ジバンシィのスーツを着たオードリー演じるヒロイン、レジーナと、ステンカラーコートの裾を靡かせてパリの街を疾走するケイリー・グラントの2ショットは、エレガンスとダンディズムに憧れていた1960年代当時のすべての人々にとって、まさに夢のひとときだったと言われている。
いや、それは今も変わりはない。ここで紹介した映画を含めて、たった20本にも満たないオードリー主演映画は、俳優オードリー・ヘプバーンの個性と、多くが永遠に色褪せないファッションと紐付けされた独特の世界観が両輪となって繋がったシリーズ映画のようなもの。時と共に古ぼけていくどころか、徐々に輝きを増していくのは、もう2度と、オードリーのようなスターは現れないことをみんなが知っているからだ。オードリー人気はまさに不滅なのである。
Profile : 清藤秀人
アパレル業界から転身。自他共に認めるオードリー・マニア。現在、eiga.com、CINEMORE、デジタルTVガイド等にレビューを執筆中。テレビ、ラジオにも時々。
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