世界的小説家の人生を紐解く第4話『アレックス・ウィートル』にまつわる『スモール・アックス』プロダクションノート
『スモール・アックス』各話の製作背景が綴られたプロダクションノートを公開。本記事では世界的小説家、アレックス・ウィートルの半生を描いた第4話『アレックス・ウィートル』について、監督や脚本家、ウィートル自身の言葉とともに製作の裏側に迫ります。
目次
製作の背景
栄誉ある文学賞の数々を受賞した小説家アレックス・ウィートルは、“ライターズ・ルーム”と呼ばれる脚本家用の会議室で自身の過去について語ったことを端緒として『スモール・アックス』の製作過程に関与することになった。5作品で構成される本シリーズの4作目としてウィートルの半生が映画化されることになろうとは、彼自身もスティーヴ・マックイーン監督も当初は予想していなかった。
マックイーン監督と共に本作の脚本を手がけたアラスター・シドンズは、ウィートルについて「アレックスは世界的な小説家ですが、ブリクストン・バード(ウィートルのDJネーム)も寛大で謙虚、そして愉快な人物です」と、話している。
「私はライターズ・ルームでアレックスと会い、すぐに彼のことが大好きになりました。彼がそこで披露してくれた豊富な知識や経験談、そして見事なカンフーダンスは、私たちが手がけていたこのアンソロジーの方向性を定めるうえで大きな役割を果たしてくれました。養護施設で育った少年時代についてアレックスが話してくれた日のことを、私は一生忘れないでしょう。でも、社会事業の場で彼が受けた信じられないほど無慈悲な仕打ちを知った時は、私たちの誰もが打ちのめされましたね。マックイーン監督はアレックス・ウィートルの物語を『スモール・アックス』シリーズの1本として映画化することを即座に決め、私は彼と共に脚本を執筆する機会を得たことを心から嬉しく思いました」。
『スモール・アックス』/第4話『アレックス・ウィートル』
マックイーン監督は「アレックス・ウィートル」の製作開始からほどなくして、この物語が本アンソロジーにとって必要不可欠なものであると気づいた。「ライターズ・ルームでの会合を始めたての頃に、アレックスが自身の過去について話してくれました。私はすぐに、これは映画にするべき物語だと確信したのです」と、マックイーン監督は語っている。
「午前中にアレックスに会っておしゃべりをしたり、彼の類まれな幼少期や成長期の話を聞きながら、泣いたり笑ったりしたことが何度もありましたね」と、シドンズも述懐している。「その後に私たちが耳にしたのは、困難をものともせずに苦境を乗り越え、精神的にも政治的にも黒人として自覚をもつに至った男の物語でした。幸いなことに、アレックスがこれまでに発表した素晴らしい小説の多くが半自伝的な内容だったので、脚本を執筆する際にそれを情報源にすることができました」。
「脚本を書く際、私とアラスターは物語の構成を重視しつつ、アレックス・ウィートルという人物の成長を描くことに重点をおきました」と、マックイーン監督は語っている。「彼の進化を描き出すという課題は簡単なものではありませんでしたが、いかなる段階においてもアレックスがそばにいて私たちを導いてくれたので大いに助かりました。アレックスには、これまで誰にも打ち明けたことがなかったり、長らく思い出すこともなかったりした出来事や状況が数多くありました。彼はそれらを回想し、新たな視点から私たちに話してくれたのです」。
本作で主演を務めたシェイ・コールは、アレックス・ウィートルという複雑な人物を的確に理解していた。そのため、コールの起用はすんなりと決まったという。「オーディションが行われた部屋に、シェイはやる気満々で入ってきました。彼の雰囲気や本作に対する理解は、まさに完ぺきでしたね。まだ若いのに、シェイには奥深さもありました」と、マックイーン監督は明かしている。
『スモール・アックス』/第4話『アレックス・ウィートル』
テーマとなった「帰属意識」
ウィートルの父親はジャマイカ出身で、養育に行き詰まった末に幼い息子を手放した。わずか3歳にして父親に見捨てられた彼の半生を描く本作では、‟帰属意識“というものが重要なテーマとなっている。シャーリー・オークス養護施設でほかの子どもたちと共に肉体的、および精神的な虐待を受けていたウィートルは、そこでも帰属意識をもつことができなかった。
白人の多い養護施設で悲惨な日々を送った彼は、10代半ばになってブリクストンにある簡易宿泊施設に転居。自分と同じ黒人の若者たちと共に、ウィートルはブリクストンの地でアイデンティティーと共同体意識を育んだのだ。
数々の文学賞のみならず、文学への貢献により英国女王からMBE(大英帝国勲章五等藤勲士)を授与されているウィートルは、小説家として名声を得る前に音楽の世界でその才能を発揮していた。
ヤードマン・アイリーというDJネームで活動していた16歳の頃、ウィートルは仲間と共にクルーシャル・ロッカーなる音響システムの提供チームを結成。ブリクストンでの日常生活を題材にして作詞も行っていた彼は、友人のデニス・アイザックス(ジョナサン・ジュールス)や音楽界での順調なキャリアのおかげで、我が家にいるような安心感と仲間意識を抱くようになる。
ちょうどその頃、後にニュークロス火災(またはデトフォード火災)という呼称で広く知られることになる住宅火災により、14歳から22歳の年若き黒人13名が死亡。人種差別を動機とする放火事件だと黒人コミュニティの人々が今もって信じているこの出来事は、ウィートルに大きなショックを与えた。
ブリクストン蜂起の誘因となったのは、ニュークロス火災だけではない。若い黒人男性の失業率が高かったこと、そして日常茶飯事となっていた警察による嫌がらせや、警官に不審とみなされた人物がボディチェックや職務質問を受けるという事態が頻発していたために黒人コミュニティと警察の関係が悪化していたことも、人々が社会に対する不満を募らせる原因となっていたのだ。
放火の疑いがあったにもかかわらず、ニュークロス火災の件で警察が誰かを逮捕することはなかった。それによって黒人たちの不満がついに爆発、火災発生から3か月後の1981年4月にブリクストン蜂起(ブリクストン暴動とも呼ばれている)が発生した。ウィートルは友人たちとともに抗議運動に参加。その結果、彼は逮捕されて4か月にわたって収監された。
『スモール・アックス』/第4話『アレックス・ウィートル』
ウィートルによると、マックイーン監督によって再現されたブリクストン蜂起の様子は、恐ろしいほど事実に即したものだったという。「私は監督用のテントの中で、暴動シーンの撮影を見ていました。モニターで映像を観ていたら、あの時の光景が脳裏にまざまざとよみがえりましたね」と、現在は夫であり父でもあるウィートルは語っている。「当時の興奮のみならず、恐怖もよみがえりました。自分がパニック状態だったことや、高鳴る心臓の音まで思い出しました。暴動のシーンは、そのすべてを見事に再現していました」。
黒人コミュニティに属する人々のいら立ちを伝えることも、マックイーン監督にとって非常に重要だった。「暴動シーンの映像からは、人々の怒りも感じられました。彼らの怒りを描き出すことが肝要だと考えていたスティーヴは、それを見事に表現してくれました。あのシーンには、怒りが満ちあふれていましたね」と、ウィートルは述べている。「忘れられがちなことなのですが、ブリクストン暴動はデトフォードで起きた悲惨な火災の直後に発生しています。あの火災で13人もの黒人の若者が命を落としましたが、その真相はいまだに解明されていません」。
『スモール・アックス』/第4話『アレックス・ウィートル』
カリブ諸島の様々なアクセント
本作の登場人物たちが話す英語には、様々なアクセントがある。イギリス人は西インド諸島の人々を同一集団として認識しているが、実のところ彼らの文化や言語、アイデンティティーは千差万別なのだということを多種多様なアクセントは示している。そのため、本作では西インド諸島各地の特徴的なアクセントを正確に表現することがきわめて重要だった。その重要な任務をおもに担ったのが、『スモール・アックス』で方言指導を担当したヘイゼル・ホルダーである。
「ヘイゼルは素晴らしかった。彼女がいなければ、我々はこのシリーズを作り上げることができなかったでしょう」と、マックイーン監督はホルダーを称賛している。「信ぴょう性を重視し、ディテールにも気を配る彼女の姿勢は見事なものでした。そのせいで、イライラさせられることもありましたけれどね。私は常にディテールを大切にしてきたので、彼女の仕事ぶりには大いに感謝しています」。
トリニダード島出身者のアクセントはグレナディーン諸島出身者のアクセントとは違うし、グレナディーン諸島出身者のアクセントはジャマイカ出身者のアクセントとは違う。西インド諸島はひとまとめになっていると思われているかもしれないけれど、実際はそれぞれに持ち味の違うさまざまな島で構成されているのです」と、マックイーン監督は話している。
『スモール・アックス』/第4話『アレックス・ウィートル』
『スモール・アックス』
原題:SMALL AXE
(c)McQueen Limited