HIV/エイズに悩み苦しむ人を支援する立場から感じたドラマのリアリティ
木津「ドラマの話に入る前に、ぷれいす東京の活動について教えていただけますか?」
生島「ぷれいす東京は1994年に設立したNPO法人で、活動は大きく分けて3つあります。1つは予防・啓発。東京都のHIV/エイズ電話相談を受託していて、HIV検査前の不安や検査結果の解釈など年間5~6000件の相談に対してサポートを行っています。
2つめは直接支援。HIV陽性と分かった後、なかなか身近なところで相談できない人のために匿名の電話相談や対面相談を年間2000件ほど受けています。このドラマでも描かれていますが、病院や在宅にボランティアスタッフを派遣するというバディ派遣事業も行っていて、今でも20人くらいの方が利用しています。3つめは研究・研修。講師を派遣したり、研究費を得てHIV/エイズの実態を調べています」
木津「こうした支援団体を日本で見つけるのが難しい中、ぷれいす東京はHIV/エイズで悩んでいる人たちへどのようにアプローチしていますか?」
生島「webで情報を見て相談サービスを利用する人が多いですが、HIV/エイズに対する社会の関心は時代によって波があり、ここ最近は新型コロナウイルスに頭がいっぱいでHIV/エイズのことを脇に置いている方が多いという印象です。実際に『急に発熱しコロナと思って緊急外来に行ったら、実はHIV感染の初期症状だった』という相談を何件か受けています。HIV/エイズは予防しないで性交渉を行えば誰でも感染の可能性がある身近な病気です。特にゲイの男性にとって。コロナにも気をつけつつ、HIV/エイズも暮らしの中にある身近な病気だと伝えたいけど、なかなか難しい状況です」
木津「そんな中、ぷれいす東京では動画を作成したりイベントを開催していますが、生島さんはどのような経緯でこうした活動に参加するようになったのですか?」
生島「1992年ごろ、大塚隆史さんが経営するゲイバーのお客と別冊宝島を何冊か作っていて、医療系企業のサラリーマンだった私は『ゲイのおもちゃ箱』という本でゲイ関連ボランティア団体を取材することになりました。自分がゲイであることをひた隠しにしていた部分と、キリスト教の家庭に生まれたことから社会貢献したいという意識が混在する中、取材を通じて『こういう活動に関われば、違う展開が生まれるかも』という予感が生まれたんです。そこから、ぷれいす東京とは違うHIV系の団体に2年間ほど参加したのがきっかけですね」
木津「前回の番組で田亀源五郎先生と『日本のゲイ・アクティビズムの中でHIV啓発がより目立つようになったのは1990年代後半から21世紀に入ってからかもしれない』という話をしたのですが、生島さんは90年代からHIV/エイズの現場にいらっしゃったということですね」
生島「ILGA(国際レズビアン・ゲイ協会)日本支部を設立した南定四郎さんが1985年くらいからHIV/エイズの電話相談をいち早く始めていて、相談・支援はその頃から行われていたと思います。私がNPOで活動を始めたのは1992年で、ゲイのスタッフも何人かいました」
木津「今の若い世代は80~90年代のHIV/エイズのリアリティを知らない部分が多く、『IT'S A SIN』も海外でそういう思いがあったことから作られたんだと思います。長年HIV/エイズの啓発に携わってきた生島さんから見て、このドラマはどのように映りましたか?」
生島「まず、ディテールの描写がすごくしっかりしている。私は1995年ごろにエイズを診療する病院の病棟でボランティアを務めていましたが、そこでの様子を見ていた私からしてもドラマの描写に違和感がありませんでした。現場の人へのヒアリングをしっかり行い、あるいは脚本家がこうした体験をしているのかもしれません。ここまでしっかり描かれたドラマは今までなかったんじゃないかと思えるほどです」
木津「そのディテールで気になった箇所は具体的にありますか?」
生島「HIV/エイズは1981年にアメリカのサンフランシスコ・ロサンゼルス・ニューヨークで“初めてゲイに奇妙な病気が発生する”としてCDC(アメリカ疾病予防管理センター)が報じ、その後1987年まで政府がずっと動かないという状態が続き、そんな中でいろんな民間活動が行われていました。日本でもアメリカを真似しながら活動を始めたのですが、アメリカから見聞きする情報というのはどこか『海の向こうのことだし、日本はアメリカほど深刻じゃないよね』という雰囲気がありましたね。このドラマを見ていると、そうした“海の向こう”感覚がロンドンでもあったことが分かって新鮮でした」
80年代の日本でHIV/エイズは「誰かに知られたら大変な病気」だった
木津「これまでエイズ・クライシスを描いたドラマはアメリカが中心で、イギリスの80年代をここまで詳細に描いたものはなかったので、私も興味深かったです。80年代の日本のゲイ・コミュニティでもそういう“海の向こう”感覚だったのですか?」
生島「はい。私も先ほど話した取材を通じてボランティア団体に加わった1992年ごろから、日本にもHIV陽性のゲイがいることを実感するようになりました。別冊宝島のゲイ本を一緒に作っていた大塚隆史さんから、1989年に亡くなったパートナーのカズさんがHIV/エイズに感染していたことを教えてもらったんですよ」
木津「そのタイミングで生島さんにとってもHIV/エイズがリアリティとして感じられたということですか」
生島「そうですね。そのエピソードは大塚さんが『二人で生きる技術』という本で書かれているので、興味のある方はお読みください。当時の私は学生でよくゲイバーに行ってましたが、カズさんが体調不良で時々店を休むようになりお客さんたちも心配していました。でもカズさんの体調不良はHIV感染とは別の理由で説明されていたんです。百日咳とか肝臓の病気とか。
その二年前の1987年にはHIV/エイズで亡くなった女性が差別的な扱いを受けた神戸事件が起き、教会で行われていた葬式の遺影を写真週刊誌が盗み撮りし『この女性とセックスをした人は気をつけろ』といった記事を出したんです。後にご遺族と写真週刊誌の間で裁判となり、事実無根の人権侵害の報道だったと明らかになりました。その翌々年にカズさんが亡くなったわけですが、『ポパイ』の雑誌連載などでゲイであることを隠さずパートナーシップについて語っていた大塚さんでさえ『エイズだと誰かに知られたら大変になる』と言えないでいたと聞いたことが初めて日本におけるリアリティを実感した出来事でした」
木津「『IT'S A SIN』ではジルがいち早くHIV/エイズの活動や看病に対して意識を持つようになり、いろいろ調べるけど情報がないというところが描かれていました。90年代の日本におけるHIV/エイズの知識や情報は、どれくらいのものだったのですか?」
生島「ゲイ・コミュニティでも研究者たちが調査や検査を行うといった取り組みはポツポツと行われていて、『薔薇族』『ADON』などのゲイ雑誌でも記事になったり、わりと積極的に情報が発信されていたんじゃないでしょうか。ただ、多くの人は『海の向こうのことで、身近にはないよね』という意識だったと思います」
木津「このドラマでも主人公のリッチーはまさに他人事でしたよね。自分が感染したかもというところに直面しても避けようとするところは、今の時代に通じるリアリティもあるんじゃないでしょうか」
生島「HIVに感染した人が相談に来てよくおっしゃるのが『何となく根拠はなかったけど、大丈夫という自信はあった』ということ。お転婆なゲイ男性のリッチーもリアリティにスイッチが入ると混乱してしまうから、『HIV/エイズは海の向こうのことで、製薬会社が儲けるために作ったんじゃないか』なんて言ってましたね。現在はコロナウイルスに対するフェイクの情報があちこちに出ているけど、当時のHIV/エイズにおいても否定するためにいろんな噂やガセネタが流通していて、今も昔も変わらないなと改めて感じました」
木津「80年代は今よりも社会にホモフォビア(同性愛または同性愛者に対する差別や偏見)が強く、またセックスで感染する病気に対する偏見も大きくて、ドラマでも『アバズレと思われる』みたいな描写がありましたね」
生島「HIV/エイズは、秘め事が社会にあぶりだされる装置としても機能していたと思います。病院でHIV陽性と分かって最初に質問されるのが『セックスの相手は男性か女性か』で、今まで誰にも言ったことのない秘密を初めて他人にカミングアウトをせざるを得ない。そのように秘密が秘密でなくなってしまうのは、みんなにとって恐怖だったんじゃないでしょうか」
木津「それは少しずつ改善されているとはいえ、生島さんの目からはあまり変わっていないように映りますか?」
生島「今でもHIV検査を自発的に受ける人は一般市民よりもゲイ男性の方が多い割合だと思うけれど、『怖い』と言う人もやはりいるし、改めて検査を受けるのはそれまで棚上げしていたものと直面せざるを得ないので勇気がいりますよね。定期的に検査を受けるという人はまだまだ少ないでしょう」
木津「今でも献血で『男性と半年以内に性交渉を持ったかどうか』という質問項目が設けられているなど、ある意味偏見を助長することがまだまだある状態なので、難しいですね」
生島「その献血のルールは日本だと制限が6ヶ月と短い方で、アメリカだとちょっと前まで3年だったのですよ。ゲイ男性に『どこで病気が分かったか』と尋ねると、一般の医療機関という人が圧倒的に多くて全体の6~7割。自ら検査を受けようとして感染に気づくよりも、体調不良や手術前の内視鏡検査、女性だと妊娠初期の検査など、自らの意志とは別の文脈で感染に気づく人が多いというのが実態。自分で受けるHIV検査のハードルはまだまだ下がってないと思います」
木津「パンデミックで事情が変わったかもしれませんが、今も日本では検査が増えない状況ですか?」
生島「新型コロナウイルスの感染拡大によって保健所でのHIV検査が2019年と2020年を比べると、半分に減りました。保健所がコロナの対応に追われて無料の検査を閉じている所が多く、検査の機会が減っているんです。無料、匿名のHIV検査数が減ったことで新規のHIV感染者数は減っているように見えます。なので、この状況が続くと早期に感染を知り治療にアクセスできる機会を失った人たちの、エイズ発症が今後増えていくのではないかと心配しています」
HIV/エイズの転機となった世界的ムーブメントは日本にも届く?
木津「それは由々しき事態ですね。治療にアクセスすればエイズを発症しないという知識、さらにU=U(ユー・イコール・ユー。Undetectable=Untransmittable)という知識は日本で広まっていると思いますか?」
生島「内閣府が平成30年ごろに行った市民意識調査によると、半数程度がHIV/エイズに対して『死の病』というイメージだったので、まだまだでしょうね。2016年からU=Uが世界的なムーブメントとして起き、ぷれいす東京も2017年からその枠に参加しています。
U=Uについて詳しく説明すると、HIV陽性と判明した人がウイルスの増殖を抑える抗HIV薬を飲み始めれば、だいたい1ヵ月から半年くらいで血液中にウイルスがまったく見つからないレベルになります。その状態が半年ほど続けば、たとえコンドームを使わなくても性行為で相手に感染させるリスクはゼロになるということが、いろいろな大規模調査で明らかになっています。この事実を受けて、当事者が中心となって、HIV陽性者たちへの偏見を取り除こうと世界的に展開されているキャンペーンがU=Uです。
ちなみに男女のどちらかがHIV陽性の場合子作りにおいても自然妊娠で健康な赤ちゃんが生まれる状況になってきています。それだけ、治療の効果は絶大です。ただ、うつらないのはHIVだけで、梅毒やクラミジア、肝炎などの感染症の心配もあるので、コンドーム使用が大切です。」
木津「U=UによってHIV/エイズは大きなターニングポイントを迎えたと言えますね」
生島「一方日本では、2016年の調査によると感染者の85.6%が自分の感染に気づいているけど残りの約15%弱は気づいていないと推定されています。自分がHIV陽性だと知ってちゃんと治療している人は検出値限界以下で大丈夫だとしても、感染を知らない人は治療にアクセスしようがないので性行為による感染のおそれがある。だからこそU=Uの知識をぜひ多くの人に知ってほしいです」
木津「昔だとHIVウイルスは感染すると他人にうつしてしまうという意識が強かったと思うけど、感染してもセックスできるのはとても大きいこと。それによって検査のハードルも下がるはずなので、ぜひ周知されてほしいと思います」
生島「『IT'S A SIN』のリッチーのように性的にアクティブな人が陽性だと分かったら、『これまでのセックス・ライフはどうなってしまうの?』と心配になったと思うんですよ。治療法が発達した今なら、医学的なケアをちゃんと受ければ陽性と分かった後も変わらぬ生活ができるように、大きく変わりました」
木津「ここ数年海外を見ていても、HIV陽性をカミングアウトする著名人が増えている印象があります。U=Uの知識が広がりつつあることの表れでしょう」
生島「カミングアウトする人がけっこう増えているんですか?」
木津「そうですね。NetflixのリアリティショーでゲイのシェフがHIV陽性をカミングアウトしていたり、イギリスのミュージシャンであるジョン・グラントも数年前にカミングアウトしています。もっと草の根的な部分でも、あるポルノ俳優が『自分は治療もするしセックスもする』と発信していて、海外はそのへんしっかりしてるなと感じます」
生島「U=Uによって、感染後の生活──人間関係や恋愛のあり方が大きく変化しましたね」
木津「U=Uと並ぶもう一つ海外の動きとして、PrEP(プレップ)という予防薬の普及についてはどう感じていますか?」
生島「日本においてPrEPは国の認可待ちです。また、国立国際医療研究センターでSH外来が研究ベースで開かれています。ゲイ・バイセクシャル男性や男性と性行為するトランスジェンダーも利用の対象になっていて、1400人ほど通院しているそうです。
PrEPはツルバダを治療薬を予防として使うもので、1日1回毎日飲むとHIV感染リスクを最大99%まで減らすことができます。女性にとってのピルに似てるといえば似てますかね。1日1回飲む方法をデイリーPrEPといい、性行為の前後に合計4錠飲む方法、オンデマンドもあります。ただし日本においては課題もあります。まず1つがコスト。ツルバダは1錠あたり3800円で1ヵ月間毎日飲むと月10万円を越えてしまい、自由診療だともっと高い場合もあります。そのため、海外から月6~7000円程度のジェネリック薬品を直輸入している人が日本でも急増中で、使用者の8割を占めています。私たちが2018年に実施したweb調査で7000人ほどの回答のうち利用者が2.2%だったのが、今年実施した調査では8.5%に増えていました。
なおPrEPを服用するには条件があります。まず、3ヵ月に1回はHIV陰性であると確認すること。また、副作用がゼロではないので、血液検査などで医者の見守り支援を受けることが望ましいとされています。ただし8.5%の人たちを調べてみると、見守り支援を受けているのは半分程度で、HIV検査を3年以上受けていない人、全く受けていない人が合計6%ほどいました。そのため、すでにPrEPを飲んでいて医療機関やSH外来で初めてHIV検査を受けたところ、陽性だと判明した人も残念ながらいます。つまり、陰性であることを確認しながら飲み続けて医学的なチェックも受けることが重要なのですが、日本ではPrEPを推奨できる環境がまだ不十分なのが現状なのです」
生島「日本ではそもそも保険適用は難しいでしょう。まずは、クリニックの医師たちが低価格のジェネリック薬品を処方できるようにするのが関係者たちの第1の目標です」
生島「海外では健康保険でPrEPを使える国があり、国策として取り組んでいるアジアの国ではハイリスクな人たちが無料でもらえるところもあります。日本はそこまですぐには行けないでしょうね。ちなみに1ヵ月にいくらまで払えるか調査で尋ねると、5000円と答える人が半分でした。ですので、月に5000円から1万円くらいでPrEPを飲めるようになる環境整備が、目指す第一のゴールです」
木津「海外のクィア雑誌を読んでいるとPrEPについてホットな議論が交わされていて、映画やドラマの中にもPrEPの話題が出てくるようになっています。例えば世代の異なるゲイカップルがいるとして、『コンドームをしたい』と言う年上と『PrEPを飲んでるからコンドームなしでもいい』と言う年下の間でいさかいが起きるんです。こういう形でリアリティが入ってくるのかと興味深く感じています」
生島「最初は海外の人が多かったけど、日本でもゲイ同士の出会い系プロフィールに“オンPrEP”と書いている人が増えてきました。ただし、自称“オンPrEP”がどこまでリアルかは難しいところがあり、私が受けた相談によるとフェイクの人もいるようです」
木津「なるほど。ただ、アメリカではPrEPの浸透と共にHIV感染率も下がりつつあるというデータもありますね」
生島「イギリスでも新規に報告されるHIV感染者数はすごく落ちています。その背景として、ゲイやセックスワーカーや薬物を使う人たちに対して、クリニックがネットワーク化していて使いやすい環境が出来上がっています。日本はそのへんがまだまだなので、PrEPの普及と環境整備を同時に行う必要があるでしょう。また、国策でPrEPに取り組み感染者数が減っているアジアの国に対しても、日本は周回遅れのような状況になっています」
木津「環境を整備するには難しいことも多いでしょうが、何とか打開策があるといいですね」
現代と通じる80年代エイズ・クライシスのリアリティ
木津「U=Uの広がりやPrEPの普及によって、今の若者たちの間でHIV/エイズへの恐怖心が良い意味で薄まりつつある中、『IT'S A SIN』のように何の病気か分からなかった80年代のエイズ・クライシスをリアルに描こうとすることの重要性をどう感じますか?」
生島「主演のオリー・アレクサンダーがインタビューで『当時を追体験することで何を見つけたか』について話していて、すごいなと思いました。ちなみにゲイ男性が初めて性行為をしたり友達や恋人ができる平均年齢を私たちが調査したところ、一番低かったのはセックスの年齢。友達ができるのはその1~2年後で、恋人ができるのはさらに1年後という順番なんです」
生島「つまり、最初に『自分は性的に男に欲情するけど、一時的なものかな?』という自己確認から始まるということ。そうした若者にとっての自分探しは、当時も今も同じじゃないでしょうか」
木津「『IT'S A SIN』はHIV/エイズという問題を描きつつ、自分を発見していく青春劇にもなっているので、現代の当事者である若者にも共感できるポイントは多いと思います」
生島「そうですね。オリーはインタビューでこのドラマを『辛く悲しい時期に、素晴らしいつながりを見つけた人たちのストーリーとして描かれている』とも語っています。人間関係が希薄で、匿名のネットの世界で誰かを探すという現在の若者たちにとっても、ドラマで描かれているような自分探しは今でも同じように意味があるんじゃないかなと思えて心に響きました」
生島「そうしたメッセージをオリーのように若い人が演じることで、今放映することへの意味づけが生まれています。家族ではないけど仲間たちが困難な時に寄り添いあえるというのは、すごく力になるし価値があると感じることができました」
木津「オリーは31歳ですが、その世代の中ではアクティビズムに積極的に参加し、いろいろ発信しています。今の話に関連して、『IT'S A SIN』で描かれるコミュニティについてどう感じたかお聞かせください」
生島「地方から都会に出てくる、言い換えると自分を解放するために住む場所を変える中で、HIV感染/エイズ発症をきっかけに、大切な家族や仲間に『自分のことを理解し受け止めてほしい』と願う姿が、痛々しく映ります。でも、困難に陥った時にどうしてそうなったかを説明するという状況では、今でも同じことが起きています」
木津「セクシャル・マイノリティだとコミュニティなどの居場所を見つけるのに苦労する人もたくさんいます。そうしたコミュニティや仲間の温かさをしっかり描けている作品だと思います」
生島「HIV/エイズに対する意識が『友達や同居している仲間のみんなにとっての問題だ』と変わった時に、NGOが政府に行うデモにも参加するように変化しましたよね。一人にリアリティのスイッチが入るとそれがみんなにもつながって意識が変わっていく瞬間が、とてもうまく描けているなと思いました」
HIV感染者とその親との、埋めようのない無理解と断絶
※ここからは最終話までのネタバレが含まれます
木津「『IT'S A SIN』は、主人公たちの親の描写においてもリアルというか生々しいものがあります。その点についてはどう感じましたか?」
生島「複雑な思いを抱きながら見ました。ここからはちょっとネタバレになるかもしれないけど、例として挙げたいのがナイジェリアの熱心なキリスト教信者であるロスコーの家庭。キリスト教はいろんな地域に伝わっていく中で土着の要素と絡まることがあり、あの宗教がキリスト教かどうかはっきりしませんが、おそらくそうでしょう。ロスコーの家庭は息子がゲイだと分かってからみんなで祈るじゃないですか。私の父親は教会の牧師で、自分がHIV/エイズの活動に関わる理由を理解してほしくてゲイであることをカミングアウトし、さらにある雑誌の座談会に参加したいと相談したところ『だったら家を出ていきなさい』と言われ、数年間ほど連絡を取らない時期がありました。ロスコーの家庭ほどひどい拒絶ではなかったけど、私の親も息子が女性と結婚して幸せな家庭を築くことをずっと祈っていたそうで、結局は長い間理解されていなかった。ロスコーのような家庭環境だとやっぱり都会に出ていくしかないよな、と共感しながら見ていました」
あと、最後にロスコーと彼を拒絶していた父親が病院でばったり出会うシーンで、拒絶した側とされた側がお互いを赦すというか関係を癒し合う模様がとても象徴的に描かれていて、個人的に印象に残りましたね。脚本の中にそうした仕掛けがたくさんあり、いろいろヒアリングしたことがパッチワークのように編み込まれているなと感じました」
木津「そうですね。最後のジルとリッチーの母親との対決というか議論のシーンも重いものがありますが、リアリティがあります。海外のティーン向けドラマを見ていると、子供がLGBTであっても親がすでに受け入れているという前提で描かれることがほとんどですが、それと比べて80年代の状況を描いたこのドラマは海外の性的マイノリティの子たちにとっては違ったリアリティがあるでしょうね。日本だと、親との関係がまだこのドラマの地点にいる人も多いんじゃないでしょうか」
生島「ジルの言葉が相当とんがっているので、ものすごいものを突き付けられている気がしましたが、ここで考えたいのは『何処からスティグマを生み出しているのか?』ということ。私は『ゲイであることは恥ずかしいから隠さなきゃ』といった自尊感情は、家庭の中で植え付けられることが多いと思っています。リッチーが都会に出ていくことで奔放な生活を手に入れるという背景には、家庭でスティグマや恥をインプットされていることが大きく影響しているんじゃないでしょうか」
木津「ジルがあれほど強いことを言ってしまうのも、友達の重要な時に立ち会えなかった怒りによるものというリアリティがあったし、そうしたフレンドシップに行き着くのがこのドラマの染みるポイントですね」
生島「私はHIV陽性の人と出会い、亡くなる瞬間のお見送りに立ち会うことも何度かありました。ある人は、亡くなる時までパートナーがずっと病室で寄り添っていたのに、いよいよ最期という時に家族から『後は私たちがやるから、他人様は結構です』と追い出されてしまった。そうなると病院側も、本人が意思表示できなければ法的な後見能力のある血縁者の意思に従うしかない。でも、そういう状況になる前にご本人がおっしゃっていたのは『もし、そうなったら親の思う通りにさせてください』。『自分が先に逝くことやゲイ行為をしていたことへ自分への罰なんだから、本当はパートナーに見送ってほしいけど親の希望を優先してほしい』。それと近い感覚をこのドラマで感じました」
木津「田舎に連れ帰るあたりとか、まさに当時のリアリティとして描かれていますが、今もまだ温存されているところがあるんでしょうね」
生島「そうですね。親が『田舎で治療するから』と子供を連れ帰るケースが実際にありました。日本だと90年代でも東京にいた方が医療環境も整っているのに家族が連れ帰るのは、『看取りたい』という気持ちもあるでしょうが本人の気持ちを優先したものとは言えません。そうした状況に直面したある人は『HIV陽性になった自分が田舎に帰るのは耐えがたい』と自殺してしまいました」
木津「たらればを言っても仕方ないけど、HIV/エイズの知識や治療へのアクセスがもっと周知されていたら起こらなかったかもしれませんね」
生島「このドラマの中でも何人かの登場人物は、実家に近い所へ戻されて最期を迎えています。都会でつながった人間関係が分断されるという状況が描かれているのもリアルに感じました」
若い世代にも見てほしいポイント
木津「『IT'S A SIN』のようにHIV/エイズのリアリティを包み隠さず、しかもディテールに富んだ状態で語っていることはとても大きなこと。イギリスでは状況が進んでいるとはいえ、このドラマがきっかけでHIV検査が約4倍に増えたという話も出ていて、ポジティブな効果があったと思います。ただ、日本で見る場合、ゲイの当事者でもそうでなくても、HIV/エイズにリアリティを感じられない人はたくさんいるでしょう。そんな中で生島さんは若い視聴者に対して、このドラマのどんなポイントを見てほしいと思いますか?」
生島「特に現代社会では人間同士の出会いや関係性が薄くなり距離も生まれがちだけど、本当に辛い時にそのことを一緒に話せる人がいるのはどれほど力強く素晴らしいかということが、このドラマが改めて教えてくれることだと思います。ゲイの登場人物たちだけだと微妙な関係性になったかもしれないけど、そこにジルがいることによっていろんな意味でクッションになっていました。私にも女性の親友がいるけど、同質の人たちだけで固まるのではなく、多様な人と人間関係を築くことで自分にとっても役立つんだなと改めて実感しました」
木津「なるほど。このドラマにおいてはジルもそうだけど、エピソードが進むにつれてコミュニティの人数が増えたり、アクティビズムに関わっていく中で新しい人物が登場したり、コミュニティの広がりが背景として描かれているところも素敵ですよね。ぷれいす東京では今年のエイズウィークで何か活動を考えていますか?」
生島「毎年11月15日から12月15日くらいまで『TOKYO AIDS WEEKS』として、いろんな関連イベントをネット上で宣伝するキャンペーンを行っています。イベントはオンラインで全国から参加できるので、興味のあるものにぜひ参加していただきたいと思います」
木津「ぷれいす東京に相談したい時はどのようにアプローチすればいいですか?」
生島「ぷれいす東京のWebサイトに相談一覧が載っているので、まずはそちらをご覧ください。また、YouTubeチャンネルやSNSもあり、HIV/エイズに関する情報に自然と触れることができるので、よろしければそこからつながってください」
木津「HIV/エイズに関しては正しい知識を得ることが本当に大切なので、皆さんもぜひアクセスしてください。本日はどうもありがとうございました」
『IT'S A SIN 哀しみの天使たち』
原題:IT'S A SIN
動画配信サービス スターチャンネルEX にて配信中!
(c) RED Production Company & all3media international
(2021年8月)