俳優業でも音楽業でも成功しているオリー・アレクサンダー
木津「粉川さんは第一線で長年、海外の音楽を批評・紹介していて、なかでもイギリスの音楽・カルチャーに詳しいというのが私のイメージです。このドラマも以前から楽しみにしていたそうですね」
粉川「はい。私の音楽の原体験である80年代イギリスが舞台で、サントラも含めて話題になっていたので、とても見たかったドラマです」
木津「そうしたドラマの背景もあって、私が今回の番組でホストを務める話をいただいた時、ゲストにはまず粉川さんをお願いしたいと思っていました。実際にドラマを見ていかがでしたか?」
粉川「すごく面白かったです。最初は当時のディスコチューンをBGMに、主人公たちの住んでいる家でのパーティの様子が『イェーイ』と浮かれた雰囲気で描かれて始まりますよね。1話、2話まではそんな雰囲気だけどだんだんシリアスになり、最後は胸に来るものがありました。陰鬱な中に若干の救いがある終わり方で…」
木津「80年代のUKカルチャーを描きつつ、HIV/エイズを真正面から描くとなるとシリアスにならざるを得ませんよね。今回、粉川さんに一番お聞きしたかったのは、主演のオリー・アレクサンダーの魅力についてです」
粉川「日本ではイヤーズ・アンド・イヤーズのボーカルとしての認知度はあると思いますが、もともと彼のキャリアは俳優からなんです」
粉川「はい。十代で俳優デビューしました。この人ほど俳優業と音楽業を片手間ではなくそれぞれ成功させているイギリスの若手は、なかなかいないんじゃないでしょうか」
木津「彼がミュージシャンをやろうと思ったきっかけも、友達からの勧誘だったそうですね」
粉川「もともとはミュージシャンになりたかったけど、何のきっかけか俳優デビューしたそうです。その後、たまたまロンドンの仲間と出会って2010年に組んだのがイヤーズ・アンド・イヤーズ。俳優のキャリアは2000年代後半から始まっていて、私はイヤーズ・アンド・イヤーズとしてのオリーよりも先に俳優としてのオリーを見ていたんです」
粉川「最初に見たのは2009年頃かな。ジェーン・カンピオン監督の『ブライト・スター いちばん美しい恋の詩』という、詩人のジョン・キーツをベン・ウィショーが演じる映画があり、彼の弟役がオリーでした。当時17~18歳の可愛らしい時でしたね。彼が演じた弟は病で早くに死んでしまう悲劇の少年ですが、妖精のようにフワフワした非現実的な雰囲気で印象的でした」
粉川「そうそう。その数年後にベン・ウィショーとジュディ・デンチが共演する『ピーター&アリス』というウエスト・エンドの舞台があり、オリーがピーター・パン役で出演していました。これも良かったな。『IT'S A SIN』でオリーの演じるリッチーが『夢はウエスト・エンドで舞台に立つこと』と話してるけど、オリー自身はすでに立っているんですよ」
木津「そこがつながってたんですか。他にもギャスパー・ノエ監督の『エンター・ザ・ボイド』になぜか出ていたり、けっこう俳優としてのキャリアがありますよね」
粉川「そうした出演歴からベン・ウィショーと仲良くなり、イヤーズ・アンド・イヤーズのブレイク前のMVにもベンが出演しています。クラブでひたすらベンが踊っているという」
木津「そのへんのつながりがあるのもイギリスらしいですね」
粉川「ベンも控えめにカミングアウトしていて、ゲイ・コミュニティでのつながりもあるようです」
クィアネスを全開にしつつ幅広く愛される唯一無二のアーティスト
木津「アメリカにももちろんゲイ・コミュニティはあるけど、けっこう各地に分かれてる感じはあるじゃないですか。それと比べてイギリスはギュッと詰まっていて、オリーはちょっと年上のゲイ・アーティストや俳優にすごく寵愛されている印象があります。『IT'S A SIN』がきっかけで、まさにタイトル通りペット・ショップ・ボーイズのカバーをやったり。その前からペット・ショップ・ボーイズとのコラボ曲はありましたが。イヤーズ・アンド・イヤーズって、もともとダンス系のインディ・レーベルのキツネから出てきたんですよね」
粉川「最初はインディーだったけど早めにメジャーと契約し、デビューアルバムの『コミュニオン』がいきなり全英チャート1位に輝きました。日本でも『キング』というシングルが異様にラジオでかかっていましたね。ダンスポップブームを久々にイギリスに持ち込んだグループです」
木津「なぜイヤーズ・アンド・イヤーズはそんなに売れたんでしょう?」
粉川「2010年代の半ばは、そのちょっと前にレディー・ガガが流行ってディスコポップの流れが来ていた頃。当時のイギリスはアデルなどR&B全盛で、シンセポップなどエレクトロニックなところがぽっかり空いていて、そこに滑り込んだのがイヤーズ・アンド・イヤーズでした。イギリス人はこういうエレポップが大好きですしね」
木津「彼が上の世代に寵愛されるというのも、まさにそういうところなんでしょうね。では、なぜオリーはエレポップ的な音楽を目指したのですか?」
粉川「彼はもともと90年代のハウスや、ブリトニー・スピアーズだったりマドンナを聴いていた人。クラブ・カルチャーにポップなものがなく、ニューレイヴも終わって地下に潜りつつあった時に『ポップなものをやろう』と出てきたバンドなんです」
木津「イギリスのシンセポップやエレポップは、クィアネスの文脈を復活させたということでしょうか」
木津「オリーは最初からカミングアウトしてたんですか?」
粉川「はい。自分でも『メッセンジャーになりたい』とずっと言っていて、ステージを見ていても踊りや衣装でクィアネスを全開にして、世界観を作っています。同時期にはサム・スミスという違ったアイコンがいますが、パフォーマーとして踊って歌ってステージを組むまでトータルにできる人はオリーが唯一じゃないかな」
木津「そのあたりは彼が俳優であることも大きいでしょうね」
木津「セカンドアルバムの『パロ・サント』はビデオもコンセプチュアルに作っていて、クィアネスやゲイネスも全開で、アクティビスト(活動家)的な発言も増えていた時期。そうした存在感で彼のことを気にしていました。HIVについても発言したり啓蒙活動を行っていて、このドラマにもうまくハマった印象です」
80年代のクィアネスを再びポップスに復活させた功績者
木津「ペット・ショップ・ボーイズもそうだけど、オリーはエルトン・ジョンとも本作をきっかけにつながったんですよね」
粉川「ペット・ショップ・ボーイズの『IT'S A SIN』のカバーをエルトンと一緒にできる人なんてオリーしかいませんよ(笑)。すごいトライアングルを作ってしまった」
木津「エルトンはこの前リナ・サワヤマとコラボしたり映画『ロケットマン』があったりと再び人気が出ていますが、オリーとのコラボはまた違った説得力がありますね。エルトンも長年HIVについて啓蒙していて相通じるところがあったのでしょうが、そうした面も含めて大御所に愛されているオリーは特別な存在ですよ」
粉川「オリーをペット・ショップ・ボーイズに紹介したのはスチュアート・プライス。彼はマドンナやカイリー・ミノーグやペット・ショップ・ボーイズといったエレポップの大御所のプロデューサーで、ペット・ショップ・ボーイズに『すごく面白い子がいるよ』と紹介したんです。そして彼らは出会った瞬間に意気投合し、『ドリームランド』という曲まで作ったそうです」
木津「なるほど、そういう経緯だったんですか。『ドリームランド』も華やかな曲でしたからね。40~50代が喜ぶものでありつつ、若い世代にも届いていたし。2010年代のセクシャル・マイノリティ表現やクィア表現が出てきた中で、歴史的な流れを提示できてるのはいいことですね」
粉川「イヤーズ・アンド・イヤーズだけでなく海外ではトロイ・シヴァンのような人も出てきて、イギリスの『ガーディアン』だかのコラムにも『クィアネスが30年ぶりにポップに戻ってきた』と書かれていました。90年代や2000年代はエイズの後遺症も影響して、クィアネスがポップの前面に出にくかったところがありましたから」
木津「言われてみると、イギリスでさえ90年代はクィアネスがポップであまり拾えていませんでしたね」
粉川「完全に真逆でしょう。だって90年代といえばオアシスですから。ブリットポップはホモソーシャルでポップなノリだけど、スパイス・ガールズみたいな存在がいたにせよ基本はバンドミュージックで野郎ノリだった。その後の2000年代もガレージやポストパンクで、80'sと比べると静かなものです」
木津「確かに。それは80'sの反動もあったんでしょうか?」
木津「そうした要素が2010年代のアイデンティティ・ポリティクスを伴って復活したというのは面白いし、オリーがその立役者なんだと知ると『なるほど』と思います」
粉川「2010年代の頭にレディー・ガガが出てきたのが大きいですね。あそこからポップなものに性的な多様性が当たり前のように入ってくるようになりました」
木津「『ボーン・ディス・ウェイ』はまさにその契機でしたね。イヤーズ・アンド・イヤーズはレディー・ガガのコンピレーションアルバムにも参加しましたよね」
粉川「『ボーン・ディス・ウェイ』のリイシューにカバーバージョンが付録で付いていて、『ジ・エッジ・オブ・グローリー』のカバーを完璧に演奏しています」
木津「聴いてみよう。他には誰が参加しているんですか?」
粉川「カイリー・ミノーグとか。イヤーズ・アンド・イヤーズは『Starstruck』でカイリー・ミノーグとも組んでいます」
木津「ソロ・プロジェクトの新曲で、かなりポップな曲ですよね。イヤーズ・アンド・イヤーズの最近の動きについてはどう見ていますか?」
粉川「今回のドラマにもけっこう影響されていると思います。より80's色やポップ色の強い新作が出てくるんじゃないでしょうか」
木津「新作を作っていて今年には発表されるんじゃないかと言われています。カイリー・ミノーグと一緒にやったり、オリーはクィア・カルチャーのおいしいところを持っていってますね」
木津「彼よりさらに下の世代が出てくる時に、社会的な活動も含めてロールモデルにもなるんじゃないかな。『IT'S A SIN』がヒットしたことも大きかったようですね」
エイズ・クライシスの渦中にある若者をリアルかつ感動的に体現
※第3話までのネタバレがございます。気になる方はご注意ください。
粉川「オリーにとって芝居の仕事は6年ぶりで、久しぶりのことでした」
木津「日本でもイヤーズ・アンド・イヤーズは人気で、女性のファンが多いなというのが私の印象ですが、実際のファン層はけっこう幅広いんですか?」
粉川「男性ファンも多いし、LGBTQの方もいます」
木津「粉川さんはオリーを取材したことがありますか?」
粉川「デビュー時に行っています。すごく頭の回転の速い人で、言うべきこと、訴えるべきこと、自分が果たすべき役割を分かった上でポップに話してくれます」
木津「確かに頭が良さそう。彼は自分が同性愛者として育ったことのトラウマや辛かった経験を話していますが、新曲を聴いているとハッピーな方向に行っているようで、彼の新しい流れなんですか?」
粉川「セカンドアルバムの『パロ・サント』で吹っ切れた部分があるんでしょう。あのアルバムのオリーは、アンドロイドが支配する惑星における奴隷のシャーマニックなダンサー役。奴隷として蔑まれつつ、ダンサーとしてのカリスマもあるという、それこそ自分のゲイとしてのアイデンティティの分裂を描いたダークな作品でした。あのアルバムを終えてから一皮むけて吹っ切れたと思います」
木津「彼にはいい意味でナルシスティックなところがあり、そのあたりがこのドラマのリッチーのキャラクターともつながっていると思っています。粉川さんはリッチーのキャラクターをどう感じましたか?」
粉川「最初の方で見せる、人の話を聞かない感じはいいですね(笑)。あと、エイズかもしれないということで変な薬というか自然療法を試すじゃないですか。現在の新型コロナによるパニックで偽情報に惑わされたり変な方向へ行ってしまう、人間の弱い部分とすごくリンクしているように感じました。強がっているけど実は弱い。華やかでキラキラしているけど実は繊細。そういうところを演じるのがオリーはとてもうまいですね」
木津「オリー自身の意識の高さとは別に、サッチャー支持であるところもね。そんな彼がアクティビズムと合流していく姿は感動的で、オリーの実際の存在感ともつながっているように感じました。オリー以外に気になったキャラクターはいますか?」
粉川「第3話のコリンには鬼気迫るものがあり、しかも亡くなるじゃないですか。そこで流れるのがクイーンの『リヴ・フォーエヴァー』。これは1986年の曲で、当時まさにフレディ・マーキュリーがエイズにかかり自分では予感しつつはっきり分かっていない、という微妙な時期に書いたもの。『本当に永遠に生きたいヤツなんているのか』という内容ですが、それが最後に流れるのがね。ああ、この後はもう悲劇しかないんだなと気づかされました」
木津「80年代から90年代頭のエイズ・クライシスを描くとなると、どうしても死者がたくさん出ます。そういう悲劇性も音楽に語らせていましたね」
当時の時代感を肌感覚で表現した80年代ポップスの選曲
木津「音楽の使い方について話が出ましたが、ドラマで使われていた80年代ポップスについてはいかがでしたか?」
粉川「よく考えているなと思いました。当時のクィアな人たちの中で流行っていた曲や、当時の人たちの気持ちを体現した曲が絶妙に選ばれていていましたね。例えばブロンスキ・ビートの『スモールタウン・ボーイ』は、自分はゲイだと隠していた少年が街を捨てて出ていくという内容で、これはまさにロスコーのストーリーと同じ。ワム!やカルチャー・クラブの陽気でチャラチャラした部分と、それとは別のメッセージ性があって良かったです」
木津「『スモールタウン・ボーイ』はまたクィア・アンセムとして復活している感がありますね。オーヴィル・ペックがカバーしたり。このドラマのタイトルがもともとは『BOYS』になりそうだったのが、Amazon Prime Videoの『ザ・ボーイズ』とかぶるから変えようということで『IT'S A SIN』になったんです。私は大正解だと思います。『IT'S A SIN』と聞くだけで『ああ、あの時代だな』となるし。この曲は作中ではイントロしか使われないけど、私はあそこで泣きそうになりました(笑)」
木津「『IT'S A SIN』も『同性愛とは何か?』を悲劇的に歌いつつ、それを派手派手しい音楽で吹き飛ばしている。今また復活している曲ですが、それもよく分かります。日本のファンには、ペット・ショップ・ボーイズのアルバムタイトルをもじった『哀しみの天使たち』という邦題が付いているのもポイントですね」
粉川「80'sの表と裏が本当に全部入っていると言っていいんじゃないかな」
木津「そういえばソフト・セルの新曲が久々に出るというニュースもありましたね。それも当時の音楽への再評価の機運が後押ししてるのかな。80年代のUKポップスが粉川さんにとって音楽の原体験と伺ってますが、日本では当時どのように受容されていましたか?」
粉川「その下地は70年代に出来上がっていたと思います。クイーンやデヴィッド・ボウイが異様に人気があり、特にクイーンは女性人気が高く、彼らのビッグ・イン・ジャパン現象日本の女子高生がいなければ成り立たなかった。そこでストレートな女性がゲイ・カルチャーという中性的・同性的なものを美化して消費してしまっていた面がなきにしもあらずなのですが。例えば少女漫画だと竹宮惠子や青池保子はデヴィッド・ボウイが好きで、それこそフレディを漫画のモデルにしたり。そういう中性的・同性的なものを受容する日本独特の文化が70年代後半から脈々とあり、80年代に入るとまさにデュラン・デュランやカルチャー・クラブやワム!とか分かりやすいものが、MTVなどお茶の間レベルで日本に入ってくるようになった。彼らは当然のように化粧をしているし、なかにはカムアウトしている人もいる。それを少女漫画のようにフィクションとして受け入れる文化が当時はありました」
粉川「そうですね。カルチャー・クラブなんてあのメイクのままCMに出てましたから」
木津「ちょっと考えられないというか、すごいですよね。私はリアルタイムで触れてませんが、日本では(フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの)『リラックス』はクィア性が漂白された使われ方をしていたし、一昔前だと『Y.M.C.A』がゲイの曲だと知ってる人がどれくらいいるのか。ただし逆に、文脈がないという表層によって、クィアネスが受け入れられた不思議な受容もあったのかなという気がします」
粉川「確かに、いい部分と悪い部分がありましたね。80年代はいわゆる “オカマ”や“オネエ”が日本で一般的に広がっていて、今のように真正面から取り入れて受容していくのとは違ったものでした。80年代的な軽薄さが、そうやって簡単に受け入れさせていたんでしょうね」
木津「このドラマのプレイリストを聴いていると、本当に特殊で面白い時代だったんだなと思います」
粉川「デッド・オア・アライヴとか小学生で普通に聴いてましたから(笑)」
木津「すごいですよね、今から見ると本当に考えられない。粉川さんは80年代ポップスに夢中でしたか?」
粉川「まさに原体験で、初めて行ったライブが84年のデュラン・デュランでした。当時アイドル人気が絶頂の頃で、その系譜の中にワム!もマドンナもカルチャー・クラブもマイケル・ジャクソンもいた。80年代洋楽の一般層への広がり方は尋常ではなかったですよ」
木津「今の日本の洋楽受容を考えると、そこも異様ですよ」
粉川「普通に小学生がマドンナを聴いてたし、1985年のライヴエイドの中継も夜更かしして見ましたからね」
木津「そういう時代なんですね。では、このドラマで曲がかかるたびに、時代感覚で思い出したんじゃないですか」
粉川「ああ、ブロンディね。はいはいという感じで(笑)」
木津「けっこう有名な曲で固めているけど、渋い曲もある。そのあたりのバランスも見事ですね。他に『おっ』と思った曲はありますか?」
木津「ああ。私も一連のエレポップ勢ではイレイジャーが大好きです(笑)。彼らも長く愛されていますね。80年代UKポップスの受容のされ方を話していただいた時に思ったのですが、クィアネスがあっけらかんと受け入れられたことに対して私はわりとポジティブに考えています。例えば、私の知り合いでもそれがゲイ・カルチャーの入口になった人も多いし、いろんなものを解放したと思います」
粉川「そういう解放感がこのドラマでも描かれていますよね。それがいずれエイズという現実に打ち砕かれていくというストーリーですが、それは実際にもあったこと。91年にフレディが亡くなったのもすごいインパクトがあって、一般的な日本人はそこで初めてエイズを認識したんじゃないかな。そしてゲイ・カルチャーも実態を伴ったものとして認識され、浮かれたまま消費し続けるものではないというストッパーがかかった面もある。80年代のバブルの中で浮かれていた感覚は本当に独特でしたから」
木津「逆に、『IT'S A SIN』は80年代の内実に入り込んでいると言えますね」
イギリスの映画やドラマに差し込むサッチャーの影
木津「『IT'S A SIN』は田舎からロンドンに出てきてゲイとしての人生を発見するというワクワク感から始まりますが、そういうワクワク感を描きつつ、HIV/エイズが新しい病気として来るという不穏さもリアルに出ていた。そしてそこに80'sポップスがあったということを考えると、80'sポップスの聞こえ方も変わってくるんじゃないでしょうか」
粉川「全然違いますね。このドラマでは、アメリカとイギリスでエイズの時差があったことがはっきり描かれています。当時はイギリスのエレポップがアメリカでも大ヒットするというブリティッシュ・インヴェイジョンが起きましたが、それもある意味時差があるからこそ。アメリカではそれどころではなかったけど、イギリスではまだ浮かれていられたということだから」
木津「アメリカのHIV/エイズものをたくさん見てきたけど、イギリスの作品は少なくて、当時の実態を見たのは初めてでした。あと、80年代といえばサッチャーの時代で、ブリティッシュ・カルチャーというかイギリスの映画ってサッチャーがトラウマになってるんだなというのがいろんな側面から見えますよね」
木津「私がリアルタイムで見たゲイのキャラクターが登場する作品だと、『フル・モンティ』では『サッチャーが潰したものは何か?』という話になるし、『キンキーブーツ』での労働者とクィアとの連帯も含めて、アンチ・サッチャーというイギリスの伝統がしっかり受け継がれているなと思います(笑)」
粉川「イギリスの80年代って“サッチャーと炭鉱”ものっていう映画がありますよね」
木津「一ジャンルとして(笑)。そういう一連の作品が日本でも脈々と紹介されているのは、ポジティブなこと。サッチャーが抑圧していたのは、クィア・コミュニティであり労働者で、彼らが結びつくのは理解できます。このドラマでもスティーヴン・フライがサッチャーの側近みたいな役で出演していますね。彼もゲイですが。ああいうサッチャーに対するイジリは伝統芸で、楽しいところでもあります」
80年代の映画やポップスがゲイ・カルチャーへの“入口”に
木津「80年代のイギリス映画というと『アナザー・カントリー』『モーリス』『マイ・ビューティフル・ランドレット』など傑作ゲイ映画がありますが、粉川さんも見ていましたか?」
粉川「ど真ん中ですね。第一次英国男子ブームの頃で、また当時はミニシアターブームでもあり、そうした映画がどんどん上映されていました。ルキノ・ヴィスコンティのリバイバルもまさにこの頃で、当時の記憶としては『ベニスに死す』を見ながら『モーリス』も見ていましたよ」
粉川「通ってましたね。『モーリス』は何回見たか分からない(笑)」
木津「私は『モーリス』はリアルタイムではないけど、VHSで聖典として持っていました(笑)。最近、4Kレストア版が公開されて見る機会がありましたが、本当に名作。当時のヒュー・グラントのイメージが印象に残ってたけど、作品としてもしっかりしたものだった。イギリスはサッチャーもそうだけど、さらにさかのぼれば法律で同性愛が当たり前のように禁じられていて、それに対する芸術方面からの抵抗がUKシンセポップとはちょっと違った形だけど同時期に出たことは面白いですね」
粉川「『モーリス』や『アナザー・カントリー』での『同性愛は罪であり実刑を課される』という描写は、カルチャー・クラブとかを聴いて浮かれているのとは相容れないもの。でも、そういう作品でも美青年ものとして受け入れてしまうところもあったわけですが」
木津「美青年ものとして受け入れられた2作品とは少し違って、『マイ・ビューティフル・ランドレット』はド庶民の話ですよね。そこはイギリス・カルチャーのいいところだと思います」
粉川「今『マイ・ビューティフル・ランドレット』は再評価されてますよね」
木津「そう言えば『ゴッズ・オウン・カントリー』のフランシス・リー監督も再評価してましたね。この作品はBBC4のTV映画として作られたもので、そうしたマイノリティを描く確固たる基盤があるのは大きいこと。当時、美青年もののゲイ映画を見ていた人は、UKポップスなどを聴く層と重なっていたのでしょうか?」
粉川「たぶんサブカルとして重なってたと思います。例えば、『アナザー・カントリー』のポスターがスタイル・カウンシルのアルバム『アワ・フェイヴァリット・ショップ』のジャケットに載っていたり。UKポップスやインディーを聴いていた人たちなら、普通に見ていたでしょう。あと、デレク・ジャーマンの存在も大きかったですね。ペット・ショップ・ボーイズの『IT'S A SIN』のビデオクリップを撮ったのも彼だし、ザ・スミスの『ザ・クイーン・イズ・デッド』もそう。彼が一番ハイブローなところにいて、ゲイ・カルチャーの芯の部分を履修しながらカルチャー・クラブでもはしゃぐという振り幅でしたね」
木津「なるほど。デレク・ジャーマンまでいくとハイブローだけど、そういうつながり方でアクセスしていたということですね」
粉川「はい。今よりも海外のサブカルチャーに貪欲だったんじゃないかな。日本でいうところの渋谷系の前夜といったところでしょうか」
木津「粉川さんはそういう情報をどこから得ていましたか?」
粉川「親がそっち系の仕事をしていて、家に帰れば見ることができたんです。あと、当時は少女漫画誌もハイブローで、普通にデレク・ジャーマン特集とか『モーリス』のビジュアル特集とかやってましたよ」
木津「へえー、すごい! というか、ちょっと怖い(笑)。でも、70年代の少女漫画が築いたものが残っていたんでしょうね」
粉川「文系のハイブローな文化が、暗い少女たちの間で受け継がれていたということです」
木津「そう考えると、80年代ポップスは入口としてとても華やかで軽薄ではあるけど、そこから一気にハイブローなところまでアクセスできる奥行きがあるのは面白いですね」
粉川「当時のルートとしては、デュラン・デュランから入ってザ・スミスに行きつくわけです。その中間にいたのがペット・ショップ・ボーイズ。ポップだけどとがった部分もあるという、絶妙な存在でしたね」
木津「歌詞にも諧謔があるし、ゲイ・カルチャーの忍び込ませ方も絶妙。最近もニュー・オーダーとツアーをしたり元気ですよね」
粉川「ポップなものからアングラなものまで階層がいくつもあり、その階層を絶妙につなぐルートがあったのが80年代のイメージです。『モーリス』やペット・ショップ・ボーイズみたいな入口となるものがあり、どこから入っても下ったり上ることができるという」
木津「面白いですね。このドラマもそうしたペット・ショップ・ボーイズ的なバランスが取れていて、すごくポップな入口。それでいて80年代の内実も描けているところが、本当に絶妙ですよね」
粉川「そう考えると、このドラマのタイトルが『IT'S A SIN』になったのは大正解ですね」
木津「そうですね。いろんなものを代表しているような感じで。脚本を書いたラッセル・T・デイヴィスが自伝的な要素をかなり入れているそうで、そういう80年代のリアルな空気を原体験として盛り込んでいるのも大きいでしょう」
ブリティッシュ・カルチャーを好きな人に響くポイントが凝縮
木津「青春群像劇としていろんなキャラクターが出る中で若手たちがとてもイキイキとしていて、いろんな若手の同世代の俳優がいることでオリーが楽しそうなのが印象的でした」
粉川「オリーはみんなとずっとチャットをしていると言ってましたよ。このドラマでは実際にゲイの人たちをオーディションで選び、演技経験がほとんどない人もいたけど、キャスティングの妙というかよく見つけたなと思いましたね。そういうフレッシュなメンツの中で、ニール・パトリック・ハリスやキーリー・ホーズみたいなベテランが要所要所で締めていくのもいい」
木津「そのへんも絶妙でした。オリーは今後も俳優業にトライしていくんでしょうか?」
粉川「イヤーズ・アンド・イヤーズがソロになったから、自由が利くと思います。もし今後、両方やっていくとしたら、新しい領域ですよね」
木津「この規模感で両方やってる人って、下手したらジャネール・モネイくらいしか思いつきませんね(笑)。あとレディー・ガガもいるか」
粉川「ガガもようやく『アリー/スター誕生』で成功しました」
木津「そういえばもうすぐ映画の公開が控えてますよね」
木津「そういう存在としてもオリーは抜きんでていますよ」
粉川「このドラマで彼の演じるリッチーは親友のジルとデュエットを歌いますよね。あれも普通にオリーはうまいから(笑)」
粉川「イギリスの映画やドラマって、こういう群像劇がうまいですよね。軸をブレないまま1話ごとに主人公を入れ替えるところとか」
木津「イギリスの都会でいろんな人種やカルチャーがミックスされている感じがよく出ているドラマですね。粉川さんはいつ頃よくロンドンに行ってましたか?」
木津「このドラマで映っているロンドンとはまた雰囲気が違いますか?」
粉川「サッチャー後で、いわゆるクール・ブリタニアが始まる前夜の、別の枯れ方をしていた時代です。まだ今よりも汚い街でした」
木津「舞台がロンドンと言いつつ撮影はリヴァプールで行っていたのですが、イギリスの空気を思い出す感じはあったんじゃないですか」
粉川「ありましたね。だいたい天気が悪いところとか。通りの汚さとか、あまり美化していないところはいいですね」
木津「私はロンドンに行ったことがありませんが、それでも空気感が感じられました。あと、みんなが集まっている場所の狭さとか、ごちゃっとした感じもいいなと思いましたね」
粉川「あんなに享楽的に生きてるのに、朝は必ず紅茶を飲むんですよね」
粉川「リッチーがワイト島出身というのもいいですね」
木津「そうそう。ワイト島といえばフェスしかイメージがないけど、ちょっと離れた地域から来るとロンドンはすごく解放された気分になるのかもしれません」
粉川「リッチーにしろロスコーにしろ、抑圧の背景がはっきり分かれていますよね。人種だったり田舎であったり」
木津「イギリスは都市と地方の格差が大きいんですか?」
粉川「どうだろう…ただ、ワイト島とロンドンはだいぶ差がありますよ」
木津「ドラマではけっこう地域のなまりも出ていたようですね」
粉川「はい。コリンはすごいウェールズなまりがあり、グレゴリーはスコットランドなまりがハッキリ出ていた。一方、アッシュはインド系だけどきれいな英語を話してましたね。まるでフレディ・マーキュリーが移民なのにきれいなブリティッシュ・イングリッシュをしゃべるように。そういう背景がちゃんとあって面白かったです」
木津「80年代のリアルな雰囲気を出しつつ、ブリティッシュ・カルチャーのリアルな部分もある作品と言えますね。近年強く意識されるダイバーシティではありますが、無理にでもいろんな人種を出さなきゃいけないという感じとはまた違って、当時のイギリスの社会や文化をリアルに映そうとしたらこうなった──そんな自然体がいいなと思いました」
粉川「今のロンドンはこんな感じだから、よりそうかもしれませんね」
木津「粉川さんはブリティッシュ・カルチャーに精通していますが、イギリスのカルチャーが好きな人にこの作品を勧めるとしたらどんなポイントですか?」
粉川「イギリスを好きな人って、いろんなポイントから好きだと思うんですよ。『SHERLOCK/シャーロック』とかケン・ローチ監督から好きな人もいれば、UKポップスやUKインディーから好きな人もいる。そうしたいろんな角度からイギリスを好きな人がこのドラマを見たら、自分の好きな部分で腑に落ちつつ、イギリスのもう1つ別の顔が見られる。そんな発見のあるドラマだと思います。ブリティッシュネスが凝縮されたドラマだし、その凝縮のされ方も一義的ではない。脈々と続く差別・階級・人種・性差の問題も含めて、イギリスの文化が言わずとも染み込んでいったものが描かれている。だから、いろんな角度からイギリスを好きだった人がこのドラマを見ると、テーマはゲイ・カルチャーだけどより普遍的なものとして楽しめるんじゃないかな」
木津「このドラマがヒットしたのは、そういうところが大きいんでしょうね。イギリス人の好きなものが詰まっていて、ブリティッシュ・カルチャーを好きな人にとって好きなものが詰まっているという、凝縮感がある作品だと思います。こういうドラマは久しぶりに見ました。今回はありがとうございました」
『IT'S A SIN 哀しみの天使たち』
原題:IT'S A SIN
(c) RED Production Company & all3media international