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【連載】#9『裸の幼年時代』| 坂本安美 Gaumont特集 解説コラム  original image 16x9

【連載】#9『裸の幼年時代』| 坂本安美 Gaumont特集 解説コラム

解説記事

2024.01.26

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世界で最も古い映画会社のひとつ、フランスの「Gaumont(ゴーモン)」の作品群の中から、「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」誌元編集委員で、 アンスティチュ・フランセ(主に東京日仏学院)にて映画プログラム主任としてご活躍されている、坂本安美さんがセレクトした10本を放送・配信する特集「Gaumont セレクション」。本連載では、坂本さんご自身に、各作品のみどころを解説していただきます。本編とあわせ、ぜひお楽しみください。

 モーリス・ピアラの長編監督一作目となる『裸の幼年時代』は、この映画作家の世界とスタイルの独自性を即座に示し、他に類を見ないその作品群の出発点をはっきりと刻んでいる。モーリス・ピアラは伝統的な映画の説話技法や透明な語り口を粉砕することによって、現実の核心に切り込み、人生の大きな塊を切り出し、生々しく、心揺さぶる方法で、ひとりの少年とフランスのある地方のポートレートを描き出した。
 ピアラほど、映画史的位置付けが難しい作家もいないだろう。彼の映画は特定の運動や流派に結びつけられることを拒む、孤独で、妥協がなく、生々しく、ラディカルな映画だ。たしかに『裸の幼年時代』が1960年代初頭に公開されていたら、多くの人がピアラをヌーヴェル・ヴァーグの一員と分類しただろう。しかしトリュフォー、ロメール、ゴダールらが勝利を収め、台頭してきた時、ピアラはまだそこにいなかった。それにピアラの目指していた理念が、彼らと同様に、よく練られた脚本、よく演じられた演技、よく照らされた照明といった映画と対立し、ロケ撮影、同時録音、即興演出などの手法を取り入れていくことだとしても、そこにはやはり差異があった。ヌーヴェル・ヴァーグの映画作家たちが当初目標としながらも、多かれ少なかれそこから距離を置くことになるネオリアリズム的試み、つまり事物の存在をとらえ、現実そのものからフィクションを紡いでいくという試みを、妥協することなく遂行し続けたのが実はモーリス・ピアラだったと言えないだろうか。
 最初の映像からすぐに印象的なのは、そこに映画の素材、映されているものたちのざらざらとした荒々しさがあることだ。かつて炭鉱が栄えた北フランスの街ランスやその周辺の工業都市の村々、ピアラはそうした場所を単に物語の設定や舞台とするのでなく、風土や大気の力をとらえ、主要な登場人物にさえしている。たとえば北フランスの灰色の色彩、湿気、ごつごつした石や土。重い灰色の空に押しつぶされそうな風景や町、あるいは厳しくも美しい人々の顔の表情が、その真実、素朴さ、重苦しさすべてにおいて提示される。登場する人々はプロの俳優もいれば、実際にその土地で生活する人々もいる。たとえば主人公のフランソワを受け入れるティエリー夫婦は、ピアラが本作の準備のために出会った人々で、彼らから着想を受けて脚本を準備するも、結局、彼らに出演を依頼し、彼らの家で撮影、彼ら自身の体験、彼らの話す言葉が生かされていく。結婚式、祖母の死、映画館での体験、夕食のシーン、写真を見ながら語られるレジスタンスの思い出やいたずらの数々……、それら日常の些細な出来事たちが、通常であれば映画ではほとんど関心を持たれない瞬間も含めて丁寧に捉えられていく。
 主人公の少年フランソワ役として100人以上の応募者の中から選ばれたミシェル・タラゾンもこれが初映画出演となる。「ひねくれていて狡猾」、「彼の頭の中で何が起こっているかわからない」と最初の里親に評されるフランソワは、たしかに瞬間ごと、シーンごとにその表情を変化していくのだが、映画はそこに心理的な説明を加えようとは決してしない。両親に見捨てられ、いつどこに送られるか分からない「一時的保護下」にある少年の行動、感情の動きを裁くことなく、ひたすら寄り添い、周囲の人々との衝突、彼らとの間で生まれていく言葉や交流を丁寧に掬っていく。
 重要なのは全体的な心理描写や物語効果ではなく、そこにいる人間たち、彼らの在り方や状況との関係なのだ。ピアラは、まるで民族学者のように、フランスの奥深くに入っていきながらこの国の現実を映画の中にとらえるという稀有な試みを成し遂げている。そこには絵葉書のような映像もなければ、美化されたイメージもない。そして、その中で生のまま切り取られたかのような人生の断片とともに、ひとりの少年、そして彼の周囲の人々の肖像が浮かび上がってくる。
裸の幼年時代(1968)|L'ENFANCE NUE
監督:モーリス・ピアラ/出演:ミシェル・テラッゾン、マリー・ルイーズ・ティエリー、ルネ・ティエリー

<作品概要>
オリヴィエ・アサイヤスら多くの映画作家に影響を与えてきた名監督モーリス・ピアラが44歳のときに発表した長編デビュー作であり、ヴェネチア国際映画祭正式出品作。フランソワ・トリュフォーもプロデューサーとして参加。里子に出された問題ばかり起こす少年と、彼を受け入れようとする里親を描く。主演の少年も含めプロの俳優ではない人々を起用し作り上げられたピアラならではのリアリズムが、作品に特別な没入感を生み出す。

<あらすじ>
10歳の少年フランソワは母親に捨てられ、ある家族に里子に出される。しかし、悪さを繰り返すフランソワが手に負えなくなったその家族には見放されてしまい、また別の家に預けられることに。その家には年老いた夫婦と、フランソワより前に里子になっていたラウール、そして夫人の病気の母親が暮らしていた。家族は優しくそして根気強くフランソワの世話を続け、彼に手を差し伸べる。フランソワも少しずつ彼らになつくが…。

1969 Cinepar
特集配信:フランスの老舗映画会社「Gaumont」セレクション
世界で最も古い映画会社のひとつ、フランスの「Gaumont(ゴーモン)」の作品群の中から、アンスティチュ・フランセ(主に東京日仏学院)にて映画プログラム主任としてご活躍されている、坂本安美さんに全10本をセレクトしていただきました。惜しくも日本ではなかなか見られないレア作品を中心に、12月と1月の2カ月連続でお届けします。各作品は以下よりお楽しみください!

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