『チャペルウェイト 呪われた系譜』正調アメリカン・ゴシックの世界(文/風間賢二)
『スティーヴン・キング論集成: アメリカの悪夢と超現実的光景』の著者、風間賢二先生に『チャペルウェイト 呪われた系譜』の魅力を解説いただきました。『呪われた町』にもつながる本作の世界観のみどころとは?そしてキングが敬愛したというH・P・ラヴクラフトとロバート・ブロックにまつわるとある仕掛けとはーー?
目次
大学時代から存分に発揮されていた才能
『チャペルウェイト 呪われた系譜』の物語はスティーヴン・キングの「呪われた村 <ジェルサレムズ・ロット>」を下敷きにしています。その作品はキングが1978年に発表した第一短編集『深夜勤務』に収録されていますが、執筆されたのは彼が大学二年(1967年)のときです。ゴシック文学の授業の課題創作として提出され、判定はAだったとのこと。今日のキングのアメリカ小説界における地位を思えば、担当教授の鑑識眼は正しかったようです。
キングは大学一年のときには、すでに長編『死のロングウォーク』を書き上げています。こちらは出版社の新人小説コンテストに応募されましたが、キングの期待に反して落選。どうやら編集者の目は節穴だったようです。なにしろ、今日では一連の映画や小説でおなじみの<デスゲーム>ものばかりか、我が国の高見広春『バトル・ロワイアル』や恩田睦『真夜中のピクニック』にも多大な影響を与えた作品として評価されている傑作ですから。
キングの傑作"三大S"のひとつ『呪われた町』
キングの完成された短編としては最初期にあたる「呪われた村 <ジェルサレムズ・ロット>」は、彼の長編デビュー作『キャリー』(1974)につぐ第二長編『呪われた町』(‘75)の前日譚です。『呪われた町』は、70年代キング作品における傑作三大Sのひとつと言われています。ちなみに三大Sとは、『呪われた町』(‘Salem’s Lot)、77年『シャイニング』(The Shining)、78年『ザ・スタンド』(The Stand)です。
『呪われた町』は1979年にTVミニドラマ(邦題『死霊伝説』)として、全米で二週(各二時間)にわたって放映されました。監督は『悪魔のいけにえ』や『ポルターガイスト』で知られるトビー・フーパー。ノスフェラトゥ型の吸血鬼王が話題になり、まさに今日では「伝説」と化している作品です。そのリメイク版TVドラマが2004年『死霊伝説 セイラムズ・ロット』。こちらは人気イケメン俳優ロブ・ロウが主役を演じて評判になりました。
いずれもTVによる映像化作品ですが、今度はビッグ・スクリーンで見られるようです。映画『死霊伝説』は2022年後半公開予定。<SAW>や<インシディアス>、<死霊館>などのシリーズで著名なジェームズ・ワンが製作総指揮、監督は<アナベル 死霊人形>シリーズや『IT』の脚本家として知られるゲイリー・ドーベルマンです。否が応でも期待が高まります。
映画版『死霊伝説』がどのような仕上がりを見せてくれるのか今から楽しみですが、その作品を十全に堪能するためにも、前日譚を語る「呪われた村 <ジェルサレムズ・ロット>」が原作の『チャペルウェイト 呪われた系譜』は必見です。
本編に隠された、キングが敬愛する作家にまつわる仕掛け
ご存じのように、『死霊伝説』(原作『呪われた町』)は吸血鬼もののホラーです。現代のメイン州の架空のスモールタウン、ジェルサレムズ・ロットの住民が吸血鬼の毒牙にかかっていく恐怖を語っています。19世紀末にブラム・ストーカーが創作したヴァンパイアものの古典『吸血鬼ドラキュラ』のポストモダン版です。吸血鬼伝説を今日のアメリカに置き換えた作品が『死霊伝説』(『呪われた町』)とすれば、それを我が国の風土に移植した作品は小野不由美『屍鬼』でしょう。
『チャペルウェイト』(原作「呪われた村 <ジェルサレムズ・ロット>」)では、吸血鬼ものにハワード・フィリップ・ラヴクラフトのクトゥルフ神話が加味されています。少年時代のキングをホラーに開眼させた作家のひとりがラヴクラフトです。実際、キングは本作品以外にもたとえば、短編「<クラウチ・エンド>の怪」や中編「霧」、長編『心霊電流』など、クトゥルフ神話に連なる多くの作品を創作しています。
本編に登場する禁断の魔道書『妖蛆の秘密』がズバリ、クトゥルフ神話の用語であり、『ネクロノミコン』や『エイボンの書』などとともに有名です。キングの敬愛する作家のひとりロバート・ブロックが18歳のときに執筆した短編「星から訪れたもの」(1935)で考案された架空の書物です。おもしろいのは、その物語の中でブロックは、ラヴクラフトを思わせるキャラクターに非業の死をとげさせています。その仕返しとしてラヴクラフトは短編「闇をさまようもの」(‘36)で、今度はブロックを彷彿とさせる登場人物を殺しています。
ハワード・フィリップ・ラヴクラフトとロバート・ブロック。ふたりの師弟関係は、そのまま本編の重要な登場人物の名前として使用されています。魔道書をめぐって諍いを起こすロバートとフィリップのブーン兄弟です。その兄弟が建てたのがチャペルウェイト邸であり、それを受け継いだのがスティーヴン(もちろんキング)。そのスティーヴンから邸宅を相続して住むようになるのがチャールズで、本編の主人公であり、原作では語り手です。チャールズは、チャールズ・ブロックデン・ブラウンのこと。アメリカにおける最初のゴシック小説作家です。
本編の物語前半はラヴクラフトの初期短編「壁のなかの鼠」が下敷きになっています。そしてすでにふれましたブロックの「星から訪れたもの」とラヴクラフトの「闇をさまようもの」から類推すれば、魔道書『妖蛆の秘密』によって召喚される邪神はナイアルラトホテップのようです。わが国でもラノベとアニメ版『這いよれ! ニャル子さん』で知られるようになりました。そのコズミックな魔物は不定形であり、それがゆえにどんなものにでも姿を変えることができます。となると、キングの最高傑作『IT』のピエロの正体は、太古に外宇宙から飛来したという同じ背景も加味すると、ナイアルラトホテップなのかもしれません。
ゴシック的遺伝の恐怖と世界観、そしてアンドリュー・ワイエス的な景色
ところで、キング作品では遺伝と環境による決定論的人生観がホラーのひとつのモチーフになっていますが、そこから生じる差別や疎外感の問題が異邦人としての主人公の家族の苦悩として見事に表現されています。本編でたびたび言及される「血が血を呼ぶ」とはまさにゴシック的遺伝の恐怖です。
本篇映像を鑑賞した個人的な印象は、ロバート・エガース監督の傑作『ウィッチ』(2015)と『ライトハウス』(2019)のアメリカン・ゴシック的世界観でした。調べたら、音楽やプロダクション・デザイン、アート・ディレクションなど、今あげた二作品のスタッフが関係していました。道理で似たような感触なわけです。
ロケ地は例によってカナダ(別名ノースハリウッド)ですが、いかにもニューイングランド、メーン州といった景観を再現しています。ことにメイン州にゆかりのある画家アンドリュー・ワイエスの一幅の風景画(たとえば「クリスティーナの世界」)を思わせるシーンが随所に挿入されていて、思わず目を奪われます。ちなみにワイエスは地方を舞台に、身体に障害のある人や差別を受ける人、虐待を受ける人、弱者たちをリアルに描いたことで知られます。
ようするに、キング+ラヴクラフト+ワイエス=正調アメリカン・ゴシックの世界、それが『チャペルウェイト』です。
『チャペルウェイト 呪われた系譜』
原題:CHAPELWAITE
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